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戸部亮介さん
早稲田大学政治経済学部。南仏の町・オブナの私立中学校にてフランス人に日本語を教える。期間は2003年9月から2004年6月まで。
バカンス2.パリ
バカンスの3日目に私はリヨンからパリに向かった。そして、パリでは、私の教えている中学校出身の生徒の家に泊めさせてもらった。彼は4年飛び級して、14歳なのにもかかわらず、高校までの教育課程は全て修了して、今、パリ政治学院に入るための勉強をしている。とてもいい家族で、彼は日本が大好き。将来は日仏を結ぶ大使になりたいといい、ブルーハーツや山嵐を口ずさむフランス人の少年だ。フランスでは大学校(グランゼコール)という学校制度があり、幾つかの大学がこれに相当している。入学は非常に難しく、倍率もどこも非常に高い。フランスのエリートとよばれる人々はみな、グランゼコール出身である。彼らと、そうでない人々とでは生活が全く違う。
日本人の友人がこのパリ政治学院に留学しており、同じく、ここに留学している日本人の大学生同士の飲み会に招待された。パリの大学生、しかも、パリ政治学院の大学生はどんな生活をしているのだろうか。オブナでは夜も22時を過ぎるとバーが幾つかあいている程度で静かなのに、パリはメトロの終電近くまでシャンゼリゼ通りは活気を帯びている。しかも、リトルトウキョウもオペラ座の近くにあり、日本の本や食べ物も買える。さらにいえば、オブナは歩いて街(村)全体を余裕でひとまわりできるのに。パリは街が大きくて、メトロがないと移動に時間がかかってしかたない。そんな「都会」の大きさに圧倒されていたために、さながら、大学1年の地方出身者が新歓コンパに行くときの気分が理解できるような気がした。私は東京生まれの東京育ちで、21年間都会に住んでいた。しかし、2ヶ月、田舎での生活に染まると、都会が「すごい」と感じてしかたない。そんなわけで、飲み会に行くまではすごく緊張した。オブナでは子供と、自分の親ぐらいの年齢の人達に囲まれての生活だ。2ヶ月ぶりの日本語での飲み会、2ヶ月ぶりの同年代の人間だけでの飲み会。飲み会がはじまってからは、日本語を喋れることが楽しくて仕方がなかった。しばらく、まとまって、日本語を喋っていなかったために、耳に聞こえる自分の日本語がなんだか不自然な感じがして落ち着かなかった。パリ政治学院に留学しているみんなもそれぞれに様々な悩みや問題をもちつつも、頑張っていて、いい刺激になった。とてもいい気分になり、早稲田の校歌を歌いながら宿泊先に帰った。