アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスは不思議な街だった。「南米のパリ」と呼ばれるとおり、建物はヨーロッパ風の
概観で、あちこちにおしゃれなカフェがある。ヨーロッパの自動車メーカーはCMを撮るときには、ブエノスアイレスを選
ぶというのもうなずけるほど、ヨーロッパ風のきれいな街並みだった。しかし暑いけれどもカラッした気候と、露出の多
い原色の服を着ている人々、そして道端でタンゴを踊る人を見ると、やっぱりここはアルゼンチンなんだなと思った。
南米というと褐色の肌の人々を想像しがちだけれど、アルゼンチン人の肌の色は白い。それはその昔、ヨーロッパから多 くの移民がやってきたときの、原住民のインディオたちとの衝突に話はさかのぼる。ある国では一緒に暮らす道を選び、 ある国では折り合いがつかなかった。後者がアルゼンチンだ。移民たちがインディオを排除していった結果、現在のよう な人種の割合になっていった。
褐色の肌の子供たちは擦り切れた服を着て、日がな一日、ただ公園の芝生に寝転んでいて、街の大通りを流行の服で歩く のは白人の子ばかりだったのが印象深かった。
南米というと褐色の肌の人々を想像しがちだけれど、アルゼンチン人の肌の色は白い。それはその昔、ヨーロッパから多 くの移民がやってきたときの、原住民のインディオたちとの衝突に話はさかのぼる。ある国では一緒に暮らす道を選び、 ある国では折り合いがつかなかった。後者がアルゼンチンだ。移民たちがインディオを排除していった結果、現在のよう な人種の割合になっていった。
褐色の肌の子供たちは擦り切れた服を着て、日がな一日、ただ公園の芝生に寝転んでいて、街の大通りを流行の服で歩く のは白人の子ばかりだったのが印象深かった。
楽しく幸せに生きるために大切なのは、自分の心の持ち方なのだ。
そんな当たり前のことを改めて認識できた旅だった。
そんな当たり前のことを改めて認識できた旅だった。
ブエノスに到着したその日の夜、私たち一向はアルゼンチン日本大使館員で、このスタディーツアーに同行した先生の友
人でもある中野さんのお宅に招待していただいた。中野さんご一家は、中野さんご夫妻と小学校に通う二人の男の子の4人
家族で、世界の各地の大使館を転々としている。ブエノスに来る前にはマダガスカルに住んでいたそうだ。日本が恋しい
だろうと作ってくださった日本料理のご馳走たちを食べながら、中野夫人はアルゼンチンのいいところや、楽しかった思
い出などをニコニコとしながら話してくれた。
生まれも育ちも日本である私には、ずっと異国の、それも南米やアフリカの国に住むなんて、苦労が多くて大変なことだ らけだと思っていた。旅行に行くのは好きだけれど、住むなら日本以外には想像できなかった。私の父は単身赴任で海外 に一人で住んでいたことがある。そんなことも手伝って、海外に住むことは、華やかだけれどどこか寂しそうだという印 象を持っていた。そんな私に中野さんは、アルゼンチンで行なわれた盆踊り大会の話や、知り合いの夫婦で両方とも大使 館員をしていて、仕事と育児を両立している人の話をしてくれた。その話は海外に住むということが全然寂しそうではな くて、あたたかくて毎日がワクワクできそうな、とても素敵なものに聞こえた。
こんな話を聞いてから、だんだん私も海外だってどこだって楽しく暮らせるんじゃないか、そんな気持ちになってきた。 きっとどこに住むかなんて関係なくて、楽しく幸せに生きるために大切なのは、自分の心の持ち方なのだ。
楽しく生きよう、と心がけていればどこでも楽しく暮らしていけるはず。そんな当たり前のことを改めて認識できた旅だ った。今の私なら、アルゼンチンで暮らすことになっても、楽しい毎日を送れるんじゃないか、そんな妙な自信がある。
生まれも育ちも日本である私には、ずっと異国の、それも南米やアフリカの国に住むなんて、苦労が多くて大変なことだ らけだと思っていた。旅行に行くのは好きだけれど、住むなら日本以外には想像できなかった。私の父は単身赴任で海外 に一人で住んでいたことがある。そんなことも手伝って、海外に住むことは、華やかだけれどどこか寂しそうだという印 象を持っていた。そんな私に中野さんは、アルゼンチンで行なわれた盆踊り大会の話や、知り合いの夫婦で両方とも大使 館員をしていて、仕事と育児を両立している人の話をしてくれた。その話は海外に住むということが全然寂しそうではな くて、あたたかくて毎日がワクワクできそうな、とても素敵なものに聞こえた。
こんな話を聞いてから、だんだん私も海外だってどこだって楽しく暮らせるんじゃないか、そんな気持ちになってきた。 きっとどこに住むかなんて関係なくて、楽しく幸せに生きるために大切なのは、自分の心の持ち方なのだ。
楽しく生きよう、と心がけていればどこでも楽しく暮らしていけるはず。そんな当たり前のことを改めて認識できた旅だ った。今の私なら、アルゼンチンで暮らすことになっても、楽しい毎日を送れるんじゃないか、そんな妙な自信がある。






























