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昨年の11月4、5日に行われた「早稲田祭2006」。
毎年十数万人もの客が詰め掛け、盛り上がりを見せる早稲田祭だが、今回はその華やかな祭りの裏側に隠された熱い想いに迫った。




――2006年、11月4日、5日。
木々が徐々に色を変えていく中、早稲田では大きな花が咲き誇った。「早稲田祭2006」。そして、早大生ならば誰もが心を躍らせるその二日間に大学生活を懸ける人々がいる。この話はそんな彼ら「早稲田祭2006運営スタッフ」の物語。

「最後、エンディングが終わって皆から胴上げされてるとき、本当に『ああ、やってよかったな』って思いましたね」
当時を振り返ってそう語るのは「早稲田祭2006」で代表を務めた島田直樹だ。早稲田祭の運営と一口に言っても、予算編成から参加団体との対応まで仕事は多岐に渡る。代表である彼はその全てを俯瞰しなければいけなかった。一年間早稲田祭のために全てを費やしてきた彼に最も大きな達成感を感じさせたエンディング。そこには早稲田祭に来場しただけでは分からない、もう一つの「祭り」があった。

毎年、早稲田祭の最後に運営スタッフ自身が打つ企画、それがエンディングだ。エンディングは運営スタッフ自身が早稲田祭に来場してくれた人に伝えたかったもの、感じてほしかったものを伝える一番の場だと彼は語る。 昨年エンディングの企画を務めた彼は、早稲田祭の中でも特にそこに思い入れを持っていた。
「去年、丁度エンディングの前から降り出した雨のせいで音響が使えなくなってしまって、事前に準備していた企画が半分もできないという状況だったんですね。だから、そこが心残りで、自分が代表になったからにはやはりエンディングも最高のものにしたいという想いはありましたね」

そして、彼のその想いはある男に託された。早稲田祭2006エンディングチーフ、山本澄。昨年の早稲田祭で島田の下で働いていた彼は、代表になった島田を見て、「自分がエンディングをやるしかない」とチーフに就くことを決意する。だが、そんな彼の前に大きな壁が立ちはだかった。
「大隈講堂前が使えない」
毎年大隈講堂前にステージを立て、そこをメインステージとするのが早稲田祭の慣習だった。ところが今年は大隈講堂の改修工事のため大隈講堂前を使うことはできない。試行錯誤の末、一号館前にステージが立つことになったものの、問題は山積だった。客の導線の確保。それに伴う警備計画の変更。そして、それらの問題をクリアしない限りエンディングの細かい演出を詰めることはできない。進めたくとも進まないジレンマに苛まれる日々が続く。そんな中にいた8月の終わり、話し合いを繰り返した結果ついにステージの詳細が決まる。だが、彼はそこで落ち着くどころかまた自ら茨の道へと踏み出した。

「全ての観客を巻き込みたい」
それが彼の打ち出した考えだった。ステージを使ったイベントというのは、どうしても前の方だけで盛り上がって後ろの方は傍観している、という状態になりがちだ。彼はそんな形を打破したかった。
「あの早稲田の熱気を、来てくれたお客さん全員に味わってほしかったんです」
そして、考案されたのが「花道」だった。客席の真ん中にステージに通じる道を作り、ステージだけでなくそこでもパフォーマンスを行う。客席と演者の距離を縮めることで後方の客も熱気に巻き込もうと試みたのだ。だが、当然そういった大掛かりな演出を用意すれば準備に時間も手間もかかる。企画の話し合いは連日行われ、早稲田祭当日の深夜まで続いた。

メインステージに集まる何千もの人間が拳を掲げ、高らかに校歌を斉唱する。それが、彼らの見た「早稲田祭2006」の最後の姿だった。大学、年齢。そんなものにとらわれず、全ての人が早稲田という名の下に一つになる。その様はまさに山本の目指したエンディングの姿だった。

「お帰りになられる際、はっぴを着た人間を見かけたら、一言『お疲れ様』と声をかけてやってください。自分のわがままを聞いてやってください」
島田はエンディングの代表挨拶でそんな言葉をこぼした。多忙の余り、エンディングでの代表挨拶を一時間前まで全く考えていなかったと語る島田。「スタッフにお疲れ様」。この言葉は、早稲田祭の二日間の為に本気で大学生活を費やしてきた仲間を、最も間近で見てきた彼だからこそ自然に出てきた言葉なのだろう。そこには彼のこの一年間の努力が、そして彼の代表としての在り方が凝縮されていた。

どんなに大きな花も、どんなに美しい花も、刹那に散り行く定めの中にある。だが、きっと彼らは知っているのだろう。花が散れば実が成り、それがいずれまた、大きな花を咲かせるのだと。
――「早稲田祭2007」は、もう始まっている。



記事:高木 俊貴