――最初に、早稲田に入るまでの三浦さんはどのような人間だったのでしょうか?
これは負けたことないんですけど、僕は誰よりも実家が田舎なんです。
いまだに水道通ってなくて井戸水で、コンビニまで10キロくらいあるし、大学に入って初めてマクドナルドに行ったくらいです
――それはすごいですね。
そんな中で育って、真面目な子で中学のときに生徒会をやらされたりしたんですが、真面目なばっかりにちょっと先生を傍若無人だと思ったりしてました。
――ちょっとひねくれた感じだったんですかね。その頃将来について何か考えたりしてましたか?
中学生の頃に「テレビマンになりたい」って思ってました。それもあって高校時代は勉強したのですが、第一志望の大阪大学に落ちてしまったので、早稲田大学に入りました。
――早稲田入ったのは偶然だったんですね。
東京に来て色々と環境の変化があったと思うのですが、特に何か変わりましたか?
何もかも変わりましたね。こっちに来てびっくりしました。ずっと東京にいると気付かないのかもしれないけど、東京はチャンスに溢れていた。そして自分よりすごい奴がいっぱいいたし、自分よりデキる奴もいっぱいいた。僕が経験したことないものを経験してる奴らがいた。とてもわくわくしました。東京に出てきたって事は非常に大きいターニングポイントだったと思います。
――確かに三浦さんのような地方から上京してきた方はそれを強く感じそうですね。逆に東京に対してマイナスイメージは抱きませんでしたか?
がっかりしたことがあって。「何して遊ぶ?」ってなったとき「カラオケ?ボーリング?」ってなって、田舎の藪の中で自分で遊びを作り出してきた僕としては「遊びってそんな不自由なもんだったっけ?」と思ったんですよ。
――そうだったんですか。現在の三浦さんは遊び心を失わずにいるように見えるのですが、学生生活で三浦さんに影響を与えたことや人は何かありますか?
そうですね。色々ありますけど、一つ挙げるとするなら僕が一年のときの「舞☆夢☆踏」四年生のKさんですね。Kさんは今でも僕の憧れで、会うと嬉しくなっちゃうんですよ(笑)
彼のパントマイムは遊び心に満ち溢れてるんです。パントマイムっていうと「壁」とかやるもんだと思うじゃないですか。でももっと色々なものがあって、もう「何なんだこの人は!?」って感じでしたね。
Kさんを見て「パントマイムってこんなに自由なんだ」って思えたんですよね。
――今の三浦さんの中にも「何をするにも遊び心を持ってする」という姿勢はあるわけですね。
何をするにしても、やり方は一つじゃないと思うんです。
就活してて思ったのは、なにやら就活本みたいのがあって、僕は普段人と話して「こいつつまらないな」なんて思うことはないんですが、就活中は皆同じ気がして。なんなんですかね?
そういった意味で「遊び心を持つ」というのを意識し始めたのはKさんに出会ってからですね。
――Kさんとの経験を踏まえた上で、今の三浦さんは自分自身のことをどのような人間だと考えていますか?
「はみ出し者」ですかね。正直はみだしてますよ、僕(笑)
ただ、単に道を外れてる人じゃなくて、普通を知った上で、遊び心を持って人と同じことをしない感じの人間ですね。
――今後卒業されてから、どのようでありたいですか?
自分は制作の部署に入るんですが、大道具とかアナウンスとか、他の部署の仕事を誰より
も理解して「またあいつと仕事したい」と認められるようになりたいです。
どんなことでもだけど固定観念みたいなイメージが嫌なので、業界人ぽくはいたくないですね。六本木のおしゃれなバーに入り浸るんじゃなくて、いつまでも「ぽくないですね」と言われていたいです。