――学生生活を振り返ってみて、特に影響を受けたことって何ですか?
まずは宮本常一に出会ったことかな。
考古学に興味があって一文に行こうと思ったんだけど、人科しか受からなくて。一応早稲田だからって進学したものの、大学が好きになれなくて授業受けないでバイトばっかしてたんだ。
でも人科って1年生の終わりに絶対とらなきゃならない授業があって、それに嫌々ながらに行ったの。
そしたらその授業で民俗学者の宮本常一を調査して発表することになってさ。宮本常一さんはね、すごい人でした。がつーんって衝撃を受けた。それで民俗学を学ぼうと思ったんだ。でも、いざ大学で学ぼうとしたら大学内に民俗学を学ぶのにいい場所がないように思えて、大学を辞めようと思ったの。ただ辞める前に「このまま辞めたら早稲田に入った意味がない」と思って、世界遺産を見に行く授業があるって聞いたから最後に受けることにして。
その授業でカンボジアと出会ったのが、宮本常一に続く大学で出会った2回目の大きな刺激だね。刺激っていうか……生まれ変わった! 一回死んで生まれ変わった(笑)。
それで帰国してもう一回カンボジアに行くにはどうすればいいかって考えて、同期の女3人とボランティア団体「Ju-Ju」を作ることにしたんです。
――カンボジアと出会ったことで団体まで作ってしまわれたんですね。「Ju-Ju」を引退して、これからはどのようにカンボジアと関わっていく予定ですか?

日本でも就職活動はしたんだけど、どこにいてもカンボジアのことが忘れられないのね。だから次の4月からカンボジアで正式に働くことを決めました。
日本の企業から私個人に投資をしていただいて、そのお金を持ってカンボジアに行って新しい事業を現地で起こすっていうす〜ごいハチャメチャなプラン(笑)。
一つの目標は、二年後までに村の中に株式会社を作るっていうこと。授業や「Ju-Ju」の活動でずっと関ってた村なんだけど、今おばちゃんたちに色々お願いしてるんですよ。草とかね、そういう植物を使って籠を作ることを伝統的にやってきた人たちなんで、スキルはあるんです。でもそれを綺麗に見せるルートや考え方を持っていない。だからそういう人たちの持っているスキルを上手く生かすために、販路を確保したり情報を集めるところは私ができると思うんです。その二つのスキルを合体させて、村にある技術で、ある素材で、地域のメッセージを運んでくれるような商品を販売する会社を作ろうと思って。
――カンボジアに生涯をかけることを決めたんですね。今後はカンボジアでどのような自分でありたいですか?

うん、私は器でありたいです。土台とも言えるかな。
私の上で沢山の色んな人が活躍してくれるような場所にしたい。私はカンボジアを、「面白い! じゃあ自分はどうなんだろう」って自分に返ってくるようなガツンって衝撃を受ける面白さをはらんでる国だと思ってて、その「カンボジアは面白いんだよ」ってメッセージをビジネスを通して発信したい。
そしてカンボジアの人たちもそれぞれに発信したいメッセージがあるだろうし、持ってる思いとかがある。そういう思いを発信する場所として私と皆の会社があって、発信するツールとして商品があるって思ってるわけです。
――大学生活の中で、カンボジアという一生をかけられるものと出会えた今の自分をどう思いますか?

最高に幸せだと思ってます。大学1年のときは大学がつまらなくてやさぐれてたけど、回りまわって人間科学部に行ってその授業をとって宮本常一に会ってなかったら、絶対カンボジアには行かなかったと思うし。ちゃんと行き着くところには行き着くんだなって。カンボジアのサンボー・プレイ・クック遺跡群に出会うために私は早稲田に来たんだって確信してます。
――最後に、後輩にメッセージをお願いします。
「良い子じゃなくていいよ」。
他人に迷惑を掛けないように、自分のできる範囲でって物事をやっていたら自分は何も変わらない。まずいなって思ったら引き返せばいいから、少しはみ出してみようよ。無理だと思ってたけどやってみたらできた、そしたら自分は変われるから。はみ出してみないと分かんないことは絶対にある。でも、そういう自分を支えてくれる人がいるからできるんだよね。それを自覚してないと駄目なんだと思う。