合格体験記 vol.26 |
■高1〜2 「高校行ったら死ぬほど遊べ! だから今は死ぬほど勉強しろ!」という中学時代の恩師の言葉を糧に猛勉強をし、なんとか第一志望の高校に入学する。その言葉通り、部活、バイト、バンドに明け暮れ、あの日の集中力はどこへ行ってしまったのか勉強とはかけ離れた生活を送る。 一時期は定期テストの総合点数が学年で下から数えて10番台という結果を残していた。しかし自分では当時の生活に満足していたので、特に気にもかけなかった。 「一応地元のトップ高校だし、その気になればなんとかなるでしょ」とでも思っていたのだろう。そうこうしているうちにすぐに3年になる。 ■高3 国語が嫌いであり、さらに慶応ボーイのブランドに憧れていたということもあって、科目を英語と日本史と小論文に絞って勉強を始めた(今思えば国語が嫌いなのに小論文を好きになれるはずがない)。 予備校は家に近いからという安易な考えのもと、家から徒歩15分にある予備校に通うことに。当時は復習の大事さなど微塵も感じておらず、ひたすら予習→授業を繰り返していた。 受験勉強を意識し始めたのは高2の春休みからだった。仲の良かった友達と放課後予備校に通うが、勉強の間の談笑の時間が長く、6月後半ごろからようやく熱が入り始める。しかし夏休みの後半ごろから文化祭実行委員と文化祭に向けたバンド練習が忙しくなってしまう。 ただでさえ成績が伸びないのに勉強時間をなかなか割くことができないという悪循環が続く。 そのため自分へのイライラが高まり、この状況を打破するために出した決断は「仕方がないから文化祭が終わってから本気で勉強に取り組もう」というものであった。 そしてこの決断の末に、学力が著しく低下したのは言うまでもない。 文化祭も終わると、さすがに受験生らしく勉強に取り組むようになった 。 英語と日本史は好きな科目であり、高2の終わりころから少しずつ積み重ねたこともあって、12月のセンター模試で8割5分に達した。しかし嫌いな国語と小論文はさらに勉強する機会と時間が減少し、いつも偏差値40〜50をさ迷っていた。 不思議なことだが、国語と小論文ができないくせに根拠のない自信だけは人一倍あった。 「苦手教科の分は英語と日本史で稼ぐから大丈夫でしょ」などと本気で思っていた。 今になって現役時代に解いた早慶の英語の過去問を見返してみると12月の時点で5割ちょっとしか取れておらず、点数を稼ぐどころか合格点にすら届いていない。 がしかし、当時は本気で受かると思っていたのである。 根拠のない自信を持ち続けたまま、そうこうしているうちに1月が過ぎ入試を迎える。 「まぁどこかしらには引っかかるだろう」と高をくくっていたが、いざ蓋を開けてみると見事に全敗。 こうして行き場をなくした僕は浪人生活を余儀なくされるのであった。 ■受験校結果 センター試験 英語:173/200 国語:99/150(漢文受けず) 日本史94/100 明治大学政治経済学部(一般)不合格 明治大学経営学部(一般)補欠合格 立教大学経済学部(一般)不合格 慶應義塾大学経済学部(一般)不合格 慶應義塾大学商学部(一般)不合格 慶應義塾大学法学部(一般)不合格 慶應義塾大学総合政策学部(一般)不合格 早稲田大学商学部(一般)不合格 早稲田大学社会科学部(一般)不合格 →明治経営の補欠合格は予備校の入塾申し込みから帰ってきたら家に届いていた。 申し込んだ後だったから「ふざけるな!来るのが遅いわ!」と思い切りよく諦められたけど、もし補欠ではなく普通に合格していたら今早稲田にはいないと思う。 そして受験生のみなさん、絶対に2科目で勝負しようなんて思わないでちゃんと3科目をバランスよく勉強してください!マジで2教科での勝負は痛い目みるから! ■浪人時代 (春) 浪人が決まってからはすぐに河合塾横浜校にある早・慶・上智大文系アドバンスコースに入塾した。 現役時代は慶応派だったが、「浪人したら早稲田だろ!」というわけのわからない理由から早稲田志望へシフト。他の浪人生には絶対に負けたくない思いで、3月中から自習室で勉強を始めた。 また予備校の先生に「直前期は誰でも頑張るもの。人と差をつけたかったら夏休み前に結果を残しなさい」と言われ、毎日予備校閉館までかじりついた。苦しいときは「来年は絶対に早稲田に入って、大学生活を謳歌してやるんだ!」とひたすら頭の中で唱えた。 そして今度は国語から目を背けないために1日のやることをスケジュールに書くことにした。こうすることで、自分がやらなければいけない項目のうち達成できたもの、できていないものの二つを明確に区別できるようになった。 春のうちはスケジュールを作ったおかげで余った時間を国語の復習や古文単語の暗記など苦手教科にあてて過ごしていた。 暗記系とは違い文章系は力がつくまでに時間がかかるので、根気のいる作業だった。常に偏差値50だった国語に変化が訪れたのは夏休みに入ってからだった。 息抜きとして高校の友達と食事をするときは、自分から大学生活の話を話してくれと頼んで話してもらい(みんなは話さないように気を使っていてくれたらしい)、「来年は俺もみんなの仲間入りだ!」と妄想を膨らませていた。これはけっこうモチベーションが上がる。 ■浪人時代(夏) 受験の夏は異常なほど速く過ぎ去る。巷ではよく「夏が合否の分かれ道」などと夏がいかに大事かを語っているが、その考え方は危険だと思う。夏に頑張れば成績が伸びると思っていても、実際それほど上がらなかったら精神的ダメージは強い。あまり予定を詰め込みすぎず、達成できる位のノルマにした方がいい。 また今まで一緒に頑張ってきた友達でも、あまり予備校で見かけなくなる子が出始め、またクラスの人たちが外でずっと話している光景をよく目撃した。 僕は受験から脱落したくはなかったので、1タームに必ず1つ講習を入れて予備校に来ざるを得ない状況を作った。1タームに1講習だと予習と復習の時間も負担にならず、1学期に手薄になっていた部分を何度も復習できた。夏休みで前期の教科書は最低でも2回、苦手部分は5回復習した。 夏休みの後半になると、毎日同じ環境で勉強するのに飽き飽きし始めた。図書館で勉強したり、他の予備校の夏期講習を取っておいて新たなライバルがいる自習室で勉強したりした。 そんな風に過ごす夏休みはあっという間に過ぎ去って、気付いたら冬になっていた。 ■浪人時代(冬) 「もう次はない」 冬になるとほとんどの浪人生の脳裏をかすめるであろうこの言葉。 僕も12月に入るとこの言葉に苛まれていた。 どんなに勉強しても、どんなに模試でいい成績をとっても、「また全部ダメなんじゃないか」という思いで頭がいっぱいだった。 あのときは軽いノイローゼだったんだろう。早稲田に落ちる夢まで見たんだから。 とにかく人と話がしたくて、各教科の質問用の先生がいる日は絶対に相談しに行っていた。1月になると質問に来る人も少なくなるので、しつこいぐらい相談しに行った。勉強の話なんか半分ぐらいだったと思う。でも、話しているだけで心が落ち着いた。もしあのとき先生たちと話していなかったら合格できなかったと思う。 ちなみにこの頃の唯一の楽しみは週一回食べる超こってりラーメン。過去問を1年分解いたあとに食べるラーメンは快感以外の何物でもなかった。 そしていざ入試を迎えると現役のときとは異なり、浪人時は恐ろしいほど静かな気持ちで試験を受けることができた。「自分は強くなったんだな」と思った瞬間だった。 そのときはもう悔いはなかったし、あとは解答用紙に1年間の自分の思いをぶつけるだけだったからそんな風に思えたのかもしれない。 ■受験校結果 センター 英語:192/200 国語:175/200 日本史:100/100 明治大学政治経済学部(センター)合格 明治大学商学部(センター)合格 立教大学経済学部(センター・一般)合格 早稲田大学文化構想学部(一般)合格 隣にいた女の子が英語で30分の時間を残し睡眠に入る。受験日には周りの人が強く見えるから、「こいつ、最強だ」と恐れおののいていた。精神的ダメージを受けて英作文にてこずるが何とか合格。隣の子がどうなったかは未だに謎である。 早稲田大学教育学部社会学科(一般)合格 日本史で地図問題が出て愕然とする。そこまで地図対策をしていなかったので、過去の自分を悔やんだが時既に遅しなので勘を頼りに乗り切る。 早稲田大学政治経済学部経済学科(一般)合格 後ろに座っていたやつが、足で常にリズムを取っていた。初めはかなりイライラして舌打ちしていたが、そのうち相手のリズムに自分も乗ってやった。リズムのおかげで受かったとは言わないが、その人に感謝。 早稲田大学商学部(一般)合格 窓際の席だったのですごく寒かった。3教科ともに大きな不安要素はなく、落ち着いて受験できた。 早稲田大学文学部(一般)合格 正直文学部の受験はよく覚えていない。商学部の時点で燃え尽きていたし、今日でもう終わりだと思うとこれから何をしようか考えてばかりいた。 受験当日は必ずチョコとバナナと緊張をほぐす効果のある香水を持っていった。休み時間にチョコを食べ、昼にバナナを食べていた(1人で黙々とバナナを食べるのはけっこう恥ずかしい)。実際に効果があったのかは分からないが、2つとも糖分が豊富なので脳に栄養が行き届き、頭がよく働くらしい。香水はハンカチにつけてテスト開始5分前に深呼吸しながら嗅いでいた。この3つはお守りみたいにしていた。 ■勉強法 一番やってはいけないことは、様々な教材に手をだして結局すべて中途半端になってしまうこと。 他人がやっている参考書って何故かすごい欲しくなるけど、内容は大して変わらない。だから早いうちに予備校や参考書を決めたらそれを完璧にしあげて、それから別の教材に取り掛かるのがいい。 1つのものをしあげるとそれだけ自信がついてくる。 以下に紹介するのは自分が一番いいと思って実践していた方法なので、参考にしつつ自分に合った方法を確立してほしい。 ●英語 【単語帳・熟語帳】 それぞれ単語王と解体英熟語を使っていた。 予備校の自習室では英語の長文や現代文のように頭を使う勉強をしたかったので、単語・熟語は主に電車の中でやっていた。 1日50語×7日で350語覚えるのではなく、1日350語をざっと見るのを7日間続けるやり方をとっていた。 この方法だと1単語につき7回見られるからそのほうが効率も良く、1回で覚えなきゃいけないと思わず気軽に単語を覚えられる。 全体の8割ぐらい覚えられたら、苦手な単語をカードに書いて集中的に覚えた。英語がある程度読めるようになったらあとは単語量で差がつく。読んだ英文の中で分らない単語があれば全部覚えるぐらい、語彙力強化は最後まで貪欲に!! 【長文】 長文は基本的に予備校のテキスト を使っていた。予習では時間制限を設けて解き、時間が足りなくなったときはどうしたら時間内に解けるか、そのためには何を改善すればいいのかをメモして実行していた。 また早稲田の長文はかなり長くて前に見た文章を忘れちゃうことがよくある。一度見ただけで内容を全部覚えられる人なんてそうそういないから、パラグラフごとに自分なりの1単語要約をすることで対処していた。 あとでもう一度再読するとかなりのタイムロスなので、一言でそのパラグラフを思い出せる要約を作るとあとが楽になる。 【英文法】 文法もテキスト中心。毎回やるたびに間違えたところに印をつけて、3周ほど解いたあとに苦手な問題を克服できるまで何度も解き直した。しかし、同じ問題の繰り返しだと問題自体を覚えてしまうので、たまにどこかの過去問の文法問題を解いて今までの知識をアウトプットした。そうすることで本当に文法力がついたかどうかが分かる。 【その他】 英作文は過去問を添削してもらってそれをまた書きなおすといった具合で勉強していた。書くペースは週1ほどで。それまではテキストの復習が中心だったので、過去問は11月から始めた。第一志望は10年分、他の学部は最低5年分を2〜3回解いた。同じ過去問を何度も解くのは、そうすることで題へのアプローチの仕方や考え方を大学が求めるものに近付けるため。入試前日に受ける学部の過去問を解くとかなり効果的!!イメージは、自分の頭を学部の思考法に合わせていく感覚。 ●現代文 大抵の人にとって現代文は点数が安定しない科目である。僕はこれを克服するために様々なジャンルの文を読み、選んだ答えに自分なりの根拠を添えるようにした。 復習では文章の論理を意識しながら納得するまで読んでいた。あと英語と同じく、語句はとても大切。 当たり前のことだけど、より多くの言葉を知っていればその分読むスピードも理解度も上がる。漢字は後回しになってしまいがちだが、スケジュールを立てて毎日コツコツとやったほうがいい。 僕は直前までやっていなかったので泣きそうになりながらやっていたのを今でも覚えている。 ●古文・漢文 語句と文法の基本を押さえたら文章に慣れるために音読の嵐だった。古文は、なるべく現代語に訳さなくてもスラスラ読めるまで音読した。 設問に関係するところだけ訳していけば無駄が省けるからだ。漢文は授業でやった文章の句形をすぐに見抜けるように音読。ある程度読めるようになったら今度は語句・文法の強化をしていた。 あとはZ会の古文常識の本を買って寝る前に読んだり、源氏物語やおちくぼ姫の小説を息抜きに読んだりして、自然と古文の世界が身近なものになるようにした。早稲田の漢文は早稲田独特の考え方があるので句形と本文の流れを把握しながら過去問を解きまくると雰囲気を掴めるようになる。 3年分ぐらい解くと、句形が見抜けられるようになったり、空欄補充問題が実は基礎的な知識で解けるということに気づいたりする。 [過去問] 過去問は必ず現古漢セットでやろう。過去問を解く目的の1つは本番に近い状況で自分の力を試すこと。現古漢をばらばらでやってはほとんど意味がない。 3つの時間配分まで考えながら解くことで初めて国語の過去問を解いたことになる。 ●日本史 まずは流れを掴むために教科書を読みまくる。ものごとの流れが頭に入ってきたら暗記取りかかる。暗記については高校の日本史の先生がいいノートを作ってくれたので浪人中も使用することに。ひたすら赤シートで隠して覚えていた。 でもこれってすごく飽きやすい。だから飽きたときは用語集をパラパラっとめくって使えそうなものがあったら書き足していた。 あと資料集を見ると、歴史上の人物の顔について、自分の中でのイメージと資料集に載っている写真の顔とのギャップが激しかったりして面白い。 「へぇ〜、この人こんな顔してるんだ」って思ったらもう絶対に忘れない。それに資料集を眺めていれば地図問題にも強くなれて一石二鳥。史料については、問題集を一冊仕上げて、大事そうな用語は暗記していた。実際に過去問に取り組む場合は、まず過去問を時間制限内に解く。 答え合わせをしたら、間違った問題や知らなかった用語はいつも使っている暗記用ノートに書き足して覚えていた。 さらに過去問を解き終わったら、一番間違いの多かった時代、または間違いは多くはないが不安な時代をもう一度最初から復習し直していた。また日本史には多様な設問形式があるので、特定の設問形式(正誤問題、時代配列問題など)に弱い場合は、その問題を他の大学の過去問を含めて2、3年分かき集めて解くと、どの視点から解けばいいのかが掴めるはず。 [過去問] 日本史の過去問はとにかく数をこなして、知らない用語は全て覚えた。政経では論述も出題されるので、解いたものを先生に添削してもらい、また書き直すのを繰り返していた。 ■最後に 今となってはいい思い出ですが、受験は長くゴールも見えにくいものです。辛いかもしれません。 でも受験という壁を乗り越えたとき、あなたが今までよりも一歩大人に近づいていることは間違いありません。 これまでやってきた勉強から得たものは確実にみなさんのものとなっています。あとは残された時間の中でどう動くかです。自分で自分の限界を設けずに、最後まで貪欲に勉強して合格を取りにいってください。 受験は最後まで何が起こるか分からないものです。諦めずに努力すればその先に必ず最高の4年間が待っています。つらいときはキャンパスを歩いて大学生活を満喫している自分を想像してください。 春に早稲田で皆さんに会えることを楽しみにしています。 バックナンバーに戻る |