vol.24「好き」を仕事にするということ

2015年11月10日

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2015年7月に、年内での活動終了を発表した古川本舗。発表にあたり彼が残したコメントには、ミュージシャンならではの苦悩や葛藤が込められているように感じた。しかし、お話をうかがってみると、その心配はすぐに吹き飛んだ。より良い音楽を、という一心で積み重ねられた実践の数々。7年間、古川本舗が古川本舗として徹底してきた音楽との向き合い方、仕事との向き合い方、そしてありのままの現実との向き合い方を探る。


古川本舗(フルカワホンポ)
楽曲制作からデザインまで幅広い分野を手がけ、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するソロアーティスト。2009年に初音ミクを使ったオリジナル曲「ムーンサイドへようこそ」をニコニコ動画に投稿し、活動を始める。2011年に野宮真貴やカヒミ・カリィらをゲストに迎えた初の流通版アルバム「Alice in Wonderword」を発表。2012年にはSPACE SHOWER MUSICより2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」、2013年には3rdアルバム「SOUP」、2014年には4thアルバム「Hail against the barn door」をリリース。2015年7月に、年内での活動終了を発表。



——古川さんは学生のころ、バンドを組まれていたとお聞きしました。そのバンドではプロを目指していたのでしょうか。


そうですね。プロになりたいと思っていました。というか、音楽しか道がないと思っていたんです。僕は運動ができるわけでも、勉強ができるわけでもなかったので、何も考えずに過ごしていると手に職がつけられないぞと。だから就職活動的な意味で、プロを目指していました。でも、メジャーデビューを目指して上京し、音楽事務所からお声がかかったタイミングで解散してしまったんです。自分としては、今まで積み重ねてきたものが急になくなったわけで……。じゃあこれからどうする、となったときに、今まで音楽に費やしていた時間やお金を、自分に使って遊びまくろうと。でも、それも半年くらいで飽きまして、働くことにしたんです。とはいえ、働き口があるわけでもなくて。いろいろ考えた結果、バンドのフライヤーをデザインしていた経験を活かして、もうデザイナーと名乗ってしまおうと思いついたんですね。


——デザイナーと名乗ってしまう……?


デザイナーに資格とか、ないじゃないですか。だからデザイナーという肩書きの名刺を作って、クラブや飲み屋へ足を運んで、「無料でいいからメニューや看板のデザインをさせてください」と言い続けたんです。そうすると、たまにお願いしてくれる人がいて。実際に作ってしまえば、それはもう実績なわけです。今度はこの実績を持って、「こういうものを作りました」と言ってお店をまわる。それを繰り返していくうちに、コンスタントに報酬が発生するお仕事ができるようになっていきました。


——フットワークの軽さというか、行動力がものすごいですね。


もうそれしか方法がなかったので(笑)。それで、溜まった実績を携えて広告系の会社の面接を受けて、ありがたいことに拾っていただいて、それからはふつうに働いていました。



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——そのころに、ボカロで曲を作り始めるのですね。


そうですね。28歳ころ。仕事も落ち着き始め、ひさしぶりに音楽を作ろうかなと思ったときに、地元の先輩からおすすめされて。おもしろそうだなと思ったので、使うようになりました。


——ニコニコ動画界隈では古川さんの名前がどんどん知られ、一躍有名プロデューサーになりました。その後、会社をやめられますが、音楽に本腰を入れる決意をしたのでしょうか。


本腰を入れるというと少しおおげさなのですが、ちょうど仲の良い友人に「いっしょに会社をやらないか」と誘われまして。そのころはもう古川本舗としていろいろなところからお声がかかっていたので、いいタイミングだと思ったんです。「音楽に比重を置きつつ仕事がしたいんだけれど、それでもいいか」と聞いたら快諾してくれたので、いっしょに会社を立ち上げ、独立しました。



【次ページへ】音楽を聴いているときに考えていることは「この音楽から、古川本舗のクオリティを上げるために取り入れられる要素はなにか」ということ。

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