vol.35 時間のなかを生きる言葉

2018年5月9日

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広辞苑がどのようなものかご存知だろうか。きっと名前は知っていても、その役割を正しく言える人は少ない。広辞苑は、言葉の意味を説明する国語辞典と、言葉が指すものの説明をする百科事典の2つの役割を果たす中型辞典だ。例えば「月」。百科事典は「地球の衛星、半径1738㎞――。」のように説明する。しかし、親子が、「あそこに月が出ているね」「あ、ほんとだ」と話すとき、きっと月の半径や地球との距離は知らない。けれど、お互いそれが月であることを認識しているから会話が成り立つ。そこで、どのように「月」という言葉を把握しているかを抽出して説明するのが国語辞典なのだ。そんな広辞苑が10年ぶりに改訂され、第7版が今年の1月12日に発売された。今回の改訂では日本の社会で生きていくうえで欠かせない言葉などの1万項目が新たに追加された。第6版刊行から第7版が発売されるまでの10年もの間、言葉は、生まれ、廃れてきた。日々言葉と向かい合って辞書を作り続けている岩波書店の辞典編集部副部長の平木靖成さんに、時間の中で生きる言葉と私たちがどのように向かい合うべきかをうかがった。

平木靖成
東京大学教養学部卒業後、岩波書店入社。宣伝部に配属のあと、辞典部(現、辞典編集部)に異動。『岩波国語辞典』『世界人名大辞典』などの編集に携わる。『広辞苑』では第五版、第六版、第七版の改訂に参加。



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――10年ぶりに広辞苑が発売されましたが、なぜ10年だったのでしょうか。



広辞苑を改訂するスパンは10年ごととは決まっていません。今回、実際はもう少し早めに出版する計画が、遅れてちょうど10年になりました。ですが、10年という数字はそれなりの意味がありますね。1年で廃れてしまう言葉もあるので、10年使われていれば、ある時期日本語として定着したと考える1つの目安になるかもしれません。



――新しく採用する項目、削除する項目を決める基準やその過程を教えてください。



まず広辞苑には「国語辞典としての項目」と「百科事典としての項目」があります。
国語項目では、前の版が出てから新しい版が出るまでの間に新しく定着した言葉と言葉の意味などを加え、百科項目では数値が更新された、新しい法律ができた、新しい国ができたなどといった変化をフォローしていくことが中心の作業になります。
 百科と国語では選定の仕方は違います。百科項目は、日本史や物理などの専門用語で、第6版で掲載されていた項目を抽出し、大学の教授などのその分野の専門家に見てもらいます。そして、「物理学の研究が進んでいれば、訂正、更新してください」と言ったり、「新しく掲載されるべきだと思う言葉を選んでください」と言ったりします。
 国語項目では、私たち編集部員の感覚をすり合わせて新しい項目を選ぶことが主体になり、最終的に監修の先生に見てもらいます。会議では広辞苑に追加する可能性のある言葉を見て、いいと思ったら採用されます。また、既存項目について第7版で特に力を入れたのは、類義語の書き分けと古典用例のチェックです。「なでる」、「さする」、「こする」などの類義語では、語釈が上手く書き分けられていなかったものを書き換えました。また、源氏物語や万葉集の古典用例をチェックしなおし、場合によっては見出しや意味を変えたりしました。



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