表現のレシピ

『表現のレシピ』特設コラム!

ためになって、お腹がすく!落語とグルメにまつわる話はいかがですか?「表現のレシピ」イベント開催記念特設コラムです。

日本食 and The City

アメリカ旅行は7日目を迎え、わたしの胃は疲れ切っていた。この国では飲み物も食べ物も量が多く、味付けも日本食とはまるで違う。留学に行った友達が「日本食が恋しい」とTwitterでつぶやいていたのを思い出し、深く共感した。お砂糖たっぷりのパンケーキでも分厚いお肉が入ったハンバーガーでもなく、わたしはどうしても日本食が食べたかった。

ニューヨークに和食亭が多く存在していることは、街を歩いてすぐにわかった。


表現のレシピってどんなイベント?

美味しいものは、好きですか?

日本の伝統文化であるところの落語には、よく食べ物を食べるシーンが出てくる。特別な小道具があるわけでも、あらかじめ作った効果音があるわけでもない。あるのは噺家のしぐさと、口で奏でる音だけ。それだけで、まるで食べているかのように見えてくるのが落語のすごいところ。そばを啜る噺家の姿はむしろ、本当にそばを食べている人を見るよりも遥かに美味しそうに見えることさえある。

本物より美味しく見える、と言えばグルメ漫画というジャンルがある。

 


そばとかつ丼の話

ラーメンと同様に、手頃な価格でお腹を満たせるそば。そば屋というと格式高い老舗の店を思い浮かべる人が多いかもしれないが、近年は「富士そば」などチェーン店の台頭によって、より手の届きやすいものになっている。短時間で食べることができて、比較的一人でも入りやすいそば屋はまさに学生の味方であろう。

筆者も例に漏れず、昼時はよくそば屋に足を運ぶ。先日そば屋に行った際は、少し欲張ってそばとかつ丼のセットを注文した。そして注文を終えて待っている間、ある疑問が頭に浮かんだ。

「なんでそば屋にはかつ丼があるんだろう?」

 


落語のいろは 後編

落語の醍醐味の一つは、噺家の表現する力ではないだろうか。道具をほとんど使わず、演出もなく、そしてたった一人で何役も演じなければいけない噺家は表現力を求められる。
登場人物の演じ分けは、左右に見る方向を変えることで行われ、これを「上下(かみしも)をきる」と言う。基本的には、目上の人が下手、目下のものが上手を見るという決まりがある。使って良い道具は扇子と手ぬぐいのみ。

 


落語のいろは 前編

落語を聴いたことはあるだろうか?空前の落語ブームと言われる近年、落語をテーマにした漫画や映画、テレビ番組が増えている。首都圏の落語会はなんと月1000件以上開催されているし、ラジオやYouTubeで気軽に気軽に聞くこともできる。一方、古典芸能で難しそうだし……と尻込みしてしまっている人もいるのではないだろうか。

そもそも落語とはなにか?簡単に言えば、「オチのある噺」のこと。噺家が一人で何役も、道具をほとんど使わずに演じわけることが大きな特徴である。噺の構成は大きく、マクラ、本題、オチの三つに分けることができる。まずはマクラ。落語ではいきなり本題に入ることはほとんどない。マクラとは本題の導入部分のことで、世間話や噺家の自己紹介がされたり本題に入るため流れが作られたりする。本題は文字通り、噺のメインである。落語、と聞いてイメージするのはこの本題の部分だろう。そして最後にオチ。噺の締めくくりで、笑いをとると同時に噺はこれでおしまい、と聴き手にわからせる役割を担っている。


メン談

麺はお好きだろうか?そば、うどん、ラーメン、スパゲティ……そう、麺である。人にはさまざまな好みがあれど、麺が嫌いな人があまりいないのは不思議なことだ。

麺の発祥は諸説あるが、一説によると4000年前の中国と言われている。日本においては平安時代にはすでに麺のようなものが食べられていたそうだ。中国語では麺というと小麦粉料理全般を指し、イタリア語のパスタも団子状のものを指すことがあるそうだが、日本で麺と聞くと想像されるのは、原料は関係なく細く長い形状のものだろう。細く長い形状とは言っても、私たちが日本で食べることができる麺は多岐にわたる。そば、ラーメン、うどん、パスタの他にも春雨、ビーフン、フォー、冷麺など挙げればきりがない。しかも麺自体の原料、太さ、味付け、具材、食べ方の組み合わせで麺の可能性は無限大だ。