文化構想学部

【浪人早稲田文構合格】文転して早稲田へ!

投稿日:

2017年3月 筑波大学附属駒場高等学校 卒業
2018年4月 早稲田大学文化構想学部 入学

■高校時代

勉強は全然せず、学校行事や部活を中心に好き勝手過ごしてました。

授業中は寝るか内職。

期末の成績等も下の下でしたね。

中高一貫校で高校受験を経験していなかったこともあり英語が特に苦手で、高3の夏休みに受けた駿台の全国模試では?英語の偏差値が38くらいだった記憶があります。

また、現役当時は理系でした。

■現役の戦績

○センター試験(物理、化学、倫政) 600/950くらい?(記憶なし)

センター以外は未受験。ちょっと病んでました。

完全に自己責任ですが。

■なぜ文転したのか

理系の多い高校だったのもありますが、特に悩むこともなく現役時代は理系を選択していました。

中高時代は理系の強い人に囲まれていたのと文系が少なすぎてそっちの情報が不足していたのとで、隣の芝が青く見えたのか、もしくは逃げだったのか、浪人するタイミングで文転を決意。

理系の生き方が僕には向いてなさそうだったし、私文楽そうじゃん?っていうことです。

■早稲田を目指した理由

文転して現実的に入れそう(根拠のない自信)だったのが私文でした。

私文の中だと人数が多くいろんな人がいそうな早稲田が候補に。

出身高校的にも最低でも早慶には入らないとなぁというのもあり。

(1浪で早稲田は普通に肩身狭いんですが)

■浪人期の春

浪人を機に西早稲田で一人暮らしをスタート。

この時には既に早稲田に入るつもりでした。

駿台御茶ノ水校の私文向けのコースに入り、社会科目は世界史を選択

ですが、すぐに面倒臭くなり数学利用に方針を転換。

春はそれなりにモチベーションもあり8割方授業には出てました。

自習はやる気が出た時は3~4時間/日くらいしてました。

6月あたりにプロジェクターとスピーカーを買って簡易ホームシアターを用意して一人暮らしを満喫してました。

■浪人期の夏

仲の良かった高校同期(現役で合格)に誘われて、ライブ1回限りのバンドを結成

ベースを買って始めました。

もともと高校時代から趣味でアコースティックギターをいじっていたのですが、どうせならバンド組んでみたいという思いがあり、ベースに転向しました。

夏期講習はほとんど受けませんでした。

当時の成績は英語と古典が壊滅的、数学と現国はそこそこといった感じです。

具体的な成績は資料紛失により不明ですが、予備校のチューターの方には日東駒専も厳しいよって言われてました。

■浪人期の秋

夏休み明けから流石にこれはまずいと思うようになり、早稲田の近くにある個人塾みたいなところに通い始めました。

父親の大学時代の部活の後輩の方が先生をやられている塾で、勉強の動機付けが主目的でした。

自身も週に数コマ受講しつつ、自習スペースとして利用してました。

小・中・高学生も生徒として通っていた塾で、息抜き他の生徒に勉強教えたりしてましたね。

ちょうど高校受験を控えた生徒が数人いたので、彼らと一緒に勉強することでモチベーションを維持できました。

予備校の方は籍はおいてましたが、秋以降一切行きませんでした。

この頃から英単語帳の鉄壁を直前期までひたすら詰め込んでました。

鉄壁まじいい好き。

古典も今更ながらちゃんと勉強し始めて、文法とか助動詞とか覚え始めてました。

小・中学生相手に(たまに高校生にも)勉強教えるのが思いの外楽しく、割と本気で教育学部を目指すようになり、数学受験だと選択肢が限られるので政治経済を勉強し始めたのが11月の頭くらいだったと思います。

■浪人期の冬

予備校の冬季講習は受けていません。

苦手教科の勉強と並行してセンター対策をしてました。

私文志望なのに5教科7科目受けまして…

というのも、早稲田落ちたら東京学芸大学の後期で滑り込もうと考えてたんです。

でも、浪人生の癖に大ミスをこきました。

社会科目は政経と地理を選んでいたんですが、学芸って政経は対象外の科目だったんですよ。

現代社会と倫政は大丈夫なのに、政経はダメっておかしくないですか。

浪人生なのにこんなミスするなんてなかなかですね。

国語(195/200)、物化基礎(100/100)と結果の良い科目もあったので、センター利用や併用の選択肢が残ったのは幸いでした。

センターの結果を受けて、最終的な志望は文化構想学部と教育学部社会科公共市民の2本に絞りましたが、なんと過去問はセンター終わって初めて解きました。

遅すぎぃ。

まぁ勉強した?成果はちゃんと出て、英語と国語に関しては過去問解いた感触は普通に良かったので心配はしてませんでした。

実際、文構は本番もそれなりの出来だったと思います。

問題は政治経済でして、勉強始めた時期は遅いし社会科目の配点が倍になる社会科公共市民を選択するしで、結局教育学部の方は落ちました。

まぁ流石にそこまで甘くはないよねという。

でもなるなら公民の先生になりたかったんですよ…

文構と教育どちらに行くか決めかねていたので、結果的には迷わず済んで良かったと前向きに捉えています。

■浪人後の戦績

○センター試験(物化基礎、地理、政経) 800/950くらい?(記憶なし)

○早稲田大学文化構想学部(センター併用:物化基礎) 合格

○早稲田大学スポーツ科学部(センター併用:物化基礎) 合格

○早稲田大学教育学部社会科公共市民専修(政治経済受験) 不合格

○早稲田大学商学部(数学受験) 出願のみ

○早稲田大学社会科学部(数学受験) 出願のみ

○センター利用色々(記憶なし)

■最後に

正直浪人してからでなく現役の夏明けくらいに文転していれば浪人せずに済んだかもしれないと思うこともありますが、浪人して色々と人生経験を積めたし、貴重な出会いがあったので後悔は一切してないです。

結果論ですけどね。

あと予備校のチューターの方に結果報告したら最初は信じて貰えなかったのを覚えてます。

後期は一切模試すら受けずにセンターリサーチでしか顔出してなかったし、前期の成績自体悪かったのでこんな浪人生なかなかいないんじゃないかなぁと思います。

ほんと受かっててよかったです。

以上何の役に立つのか謎な合格体験記になりましたが、もしこの体験記から伝えられるものがあるとすれば、大学って特に早稲田は多様性のある場所だよってことと、こういう奴もいるし受験生や浪人生のこうあるべきっていうステレオタイプに縛られる必要はないよっていう話ですかね。

もしくは反面教師にするとか?

まぁカケラでもそれらを感じていただければ幸いであります。

説得力が皆無だという自覚も当然ありますが。

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