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【浪人早稲田文学部合格】浪人生は恋愛していいの?浪人決断から早稲田合格までを語ります!

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■ライター紹介

○ニックネーム てま子

○学部 文学部哲学コース

○学年 二年

○高校 薬園台高校

○浪人歴 一年

○受験科目 英語、国語、日本史

○得意科目(現役) なし。

○苦手科目(現役) 

英語。東大レベルのクラスに(なぜか)在籍していたが、直前期でもセンター英語7割を超えずに大苦戦した。

○現役時代の志望校 早稲田大学文化構想学部

○現役時代の結果

早稲田大学文化構想学部 不合格

青山学院大学教育人間科学部 不合格

青山学院大学総合文化政策学部 不合格

法政大学人間環境学部 不合格

東洋大学社会学部 合格

昭和女子大学 合格

○浪人時代の志望校 早稲田大学文学部&文化構想学部

○予備校 河合塾津田沼校舎

浪人が決まった時の心境

最後まであきらめなければ合格できると思って勉強したが早稲田MARCHは全落ちだった。

高校の友達が次々と早慶MARCHに合格している中で、自分は高2の頃から毎日人一倍勉強して苦労したのに滑り止めの東洋大学に進学するというのはプライドが許さず浪人を検討し始める。

全受験終了後、実際に東洋大学のキャンパスを見に行き

「やっぱりここには通いたくない!!!」

と思い、その帰り道に水道橋のタリーズで浪人を決意した。

両親は浪人することに反対していたので、まず両親を説得することから始まった。

現代文・古文・漢文・英語・日本史全て反省点を書き出し、もう一年やるならどの参考書を使ってどう勉強するなどをルーズリーフ五枚分書いて親に提出し、浪人の許可を獲得した。

「もう一年あったらこうしよう」

というのが具体的に頭の中にイメージできていたので浪人することに対してはそこまでマイナスのイメージはなかった気がする。

それ以上に早稲田MARCHに全落ちしたことが悔しくて、直ぐに切り替えスイッチが入る。

2017年春、てま子本格始動である。

■予備校を選んだ決め手

駿台か河合塾かで迷っていて、それぞれ体験授業に出たものの優柔不断で決められなかった。

早慶のクラスの人数が多く「文系の河合」というのを聞いたことがあったし、現役の時に通っていた塾の私淑するA先生に相談したところ

「駿台は天才肌の人が多くて、てま子さんには合わない気がするのでやめた方がいいと思います」

と満面の笑顔でいわれたのが最終的に決定打になり、河合塾津田沼校舎に決めた。

■浪人生の1日の過ごし方

○平日

○休日

いたってシンプルで基本的に寝る時と食べる時以外勉強していた。

それ以外の移動時間や食事中、過去問を印刷している時間などの暇な時間は

「どうやったら成績が上がるのか」

ということをずっと考え、いつも脳みそをフル回転させるようにしていた。

家では集中できないタイプだったので朝八時半に予備校に行き、夜の十時までみっちり勉強し、家に帰ったら一切勉強はしなかった。

恋愛事情

現役の時に通っていた塾のA先生には

「絶対に予備校で彼氏を作ってはいけない」

といわれた。

当時付き合って三年の彼氏がいた私は不安になってしまい

「今彼氏がいる場合は…」

と急にA先生(推定50歳)に謎のカミングアウト。

A先生はしばらく考えたのち

「まあ年に一度ネズミ帝国に行くぐらいは良いでしょう」

とおっしゃった。

もともとお互い干渉しないタイプだったため、結局その一年で二回ぐらい夜ご飯を一緒に食べた程度で、基本的に連絡も取らなかったので、受験勉強に支障をきたすようなことは全くなかった。

自分は彼の存在のおかげで救われた部分があったりもしたので一概にはいえない。

しかし、予備校のクラス内にいた何組かのカップルは聞いたところによると受験が上手くいっていない方も多くいたので、個人的には浪人中に新たな恋をするのはあまりよろしくないと思う。

そもそも浪人の分際なのに教室でイチャコラしているクラス内カップルは非常にダサい!!

息抜きと睡眠時間

昼間はかなり禁欲的に勉強したが、夜は家でしっかり息抜きをしていた。

家に帰ってご飯食べてお風呂入って大体0時、そこから1~2時間を自分の時間として確保した。

基本的にずっとYouTubeをみていた。

勿論勉強間を削るわけにいかないので、睡眠時間を削った。

朝起きるのは大体7時くらいだったので6時間ぐらいは睡眠時間をとっていた。

高校の友達には

「絶対やめた方がいい、睡眠時間は8時間取らないと成績下がる」

といわれたが、知ったこっちゃない。

「こちとら自分の時間を設けないと精神が崩壊するか否かの極限状態なんだバカヤロウ」

と思いながら、割と入試直前期まで続けていた。

若干授業中眠くなることもあったが、成績が下がることはなく、私の場合あまり支障は出なかったと思う。

必要な睡眠時間の長さは人それぞれ違うし、たくさん寝れば必ずしもよいというものではない。

自分にあった生活リズムというものをしっかりと整えて、一年間過ごすのが良いと思う。

とはいえ、極端に少ないと体に良くないからちゃんと寝ようね。

■浪人の

勉強をやめてから時間がたつと学力が下がると思ったため、三月上旬には予備校を決めて毎日自習室に通い継続して勉強するように心がけていた。

英語はやっておきたい長文500VINTAGEの解きなおしとシステム英単語・イディオムの暗記を自分で進めた。

日本史はZ会の日本史百題をやり直した。

これ以外に河合塾でもらうスタートキット(スタンプラリー形式でやるプリント)を三科目やったり、春期講習で国語と英語を受講したりしていた。

また、津田沼校の早慶上智のクラスの場合、クラス分けテストがある。

私は絶対に上のクラスになりたかった。

周りの浪人友だちは

「三月は休まないと絶対一年持たない」

などと言い訳をして遊んでいたが、自分はMARCHにもかすらなかった馬鹿だということを自覚していたので周りに食らいついてあわよくば差をつけるのならば

今が勝負だ!

と思い、遊びの予定は全部キャンセルして勉強に費やした。

というか、まだ進学先もなく、親の金で浪人させてもらっているのに三月遊びに行こうと考える人の気が知れない。

結局三月は一日だけ姉と都内にパンケーキを食べに行ったがそれ以外は毎日勉強した。

そのかいあって

200人中23位

というまさかの好成績で上のクラスに振り分けられた。

■浪人の春から夏前

自分は新しい環境に慣れるのに時間がかかるので、最初の1、2か月は少し緊張したもののそれ以降は特に問題なく勉強に集中することができた。

クラスが始まったら、予習・復習の毎日だった。初めのほうはどのように何回予習・復習するかいろいろ考えて苦労したが、だんだん慣れると自分なりのやり方ができてきて楽になってくる。

自分は曜日ごとに復習する科目を決めて一回だけでなく、二回三回と何回もやった。

予習は土日にまとめてやった。

現役の時にしっかり勉強していたつもりでも実際は全然知らないことがたくさんあり、授業はとても楽しかった。

「よくこんな無知の状態で受験に挑んだなあ」

と逆に感心するほどだったので、授業が始まってから夏休みに入るまで、途中で勉強に飽きたり気が抜けて休んだりしてしまうといったことは全くなく、毎日非常に充実していた。

■浪人の夏休み

春から夏休み前までは各科目の基礎を叩き込む「基礎シリーズ」というプログラムになっていてみんな同じ内容を教わるから、

この夏の吸収率でみんな差がつき開いていく

と思い、入念に夏の計画を立てた。

何度も言うが自分が馬鹿なことを十分自覚していたので、英語と国語に関して、夏は徹底的に「基礎シリーズ」の復習をしようと決めていた。

日本史はアウトプットを増やしたかったのでMARCH以下の大学の赤本で勉強した。

一方で夏期講習もしっかり受講した。

取りすぎもダメ、取らなすぎもダメと聞いていたので、授業選びはA先生にメールで相談して特に慎重に行った。

基本的に英語や現代文は早慶レベルのものを受講したが、苦手な古文は背伸びをせずに一個レベルを下げて難関大レベルのものを受講した。

日本史は基礎シリーズ終了時点で江戸の後半までしか終わっておらず心配だったため近代の内容のものを受講した。

夏休みになると自習スペースに早稲田の赤本を持ち込む人が出てきて若干焦るが、

今やるべきは基礎の定着!!

と割り切って早稲田の過去問は一切やらなかった。

ただ、英語だけはMARCHの長文の過去問を1日一題解いてReadingを鍛えた。

あとは基礎シリーズと夏期講習の復習で夏休みが終わった。

1日だけ、英単語以外の勉強を放棄してジムのプールに行き泳ぎまくった日があったが、それ以外は毎日勉強した。

■浪人の秋

第一回、二回、三回マークと記述とそれぞれの模試で自分のダメなところを少しずつ克服していき、成績は順調に上がっていった。

夏明けの第三回記述模試では初めて早稲田でB判定が出て、もしかして合格できるかもしれないという淡い期待が頭の中をよぎる。

が、そんな期待はすぐ打ち砕かれる。

赤本が解けない。

模試の成績はいいのに、B判定が出ているのに、過去問が難しすぎて全く解けないのである。

夏休み明けから本格的に過去問に取り組んだ。英語と日本史に関しては八割がた早稲田を解いていた(解けなかったけど)。

国語はスランプに陥っていたので日東駒専やMARCHから解いていた。

このへんからメンタルが病みはじめる。

なぜなら、入試が近づいてくるからだ。(自明)

いくら解いても解けないので、もはや馬鹿なりに解く方法を考える方向にシフトチェンジして文字通り頭を抱えながら、毎日過去問と格闘していた。

■浪人の

病み。闇。

正直、この時期の記憶があまりない。

冬期講習では、割と自習の時間を増やそうと極端に講座数を減らす人が多かったが、私はA先生と相談のもと夏期講習と同じように全科目しっかりと取った。

日本史の文化史が全然できなくて思い切って文化史の授業をとってみたら、そもそも浪人の冬に日本史を受講する人はほとんどおらず、私以外全員現役生で肩身が狭かった。

しかし、その授業のおかげで文化史は得点源になったので、冬期の日本史文化史は本当に受講してよかったと思う。

直前期だろうが何だろうが不安な部分は先生の授業を受けてカバーする方が独学でやるより圧倒的に早いので講座選択はやはり慎重にやった方が良い。

また、入試まであと何週間となってくると一日の過ごしかたが本当に重要になってくるので、すごく神経を使った。

いくらやっても一向に解けるようにならない英語、なぜか急にできなくなる日本史、安定しつつも完成まであと少しな国語。

私の場合、やっとのことでスランプを克服し生まれたての小鹿状態の国語を強化しつつ、新たにスランプに陥った日本史をどうにかしながら、いかに英語の過去問研究の量を増やせるか、だった。

これぐらいならギリギリ削っても大丈夫だと判断した分の国語の勉強時間を日本史に回して勉強するけど、本当にこの判断は間違っていなかったか、時間を削ったことで国語もダメになったらどうしようか、非常に悩んだ。

が、迷っている暇さえもったいないので、結局腹をくくって勉強した。

入試当日

いくら一回経験しているとはいえ後がないので余計に緊張する。

初日の文化構想は頭が真っ白になって終了。

英語の最後の英作文の対策をやらないまま本番を迎え、自分は捨てる気満々で挑んだが、無解答で出したことをめちゃくちゃ後悔して泣きながら親に電話したのを覚えている。

多少適当になってしまってもちゃんと全部回答したほうがいい。

絶対に後悔する。

あと、チキンな人はたくさん受験して場慣れしたほうがいと思う。

私は本当にチキンだったため、滑り止めから結構な回数を受験した。

そのかいあって、文化構想はダメだったものの、最後の文・人間科学・教育の3連チャンは落ち着いて解くことができたと思う。

現役の時の反省を踏まえて受験日程もよくよく考えて出願したほうが良い。

■浪人時代辛かったこと

浪人を決意したときに、

①おしゃれしない

②予備校で友達を作らない

③遊ばない

この三つは絶対に貫くと心に誓った。

そのため化粧もせず、髪は伸ばしっぱなし、服は三種類のパーカを着回す日々で、予備校ではほぼ言葉を発することなく勉強していた。

勿論成績が上がらないとか勉強のことでつらかったことは山ほどあったし、泣きながら勉強した日もたくさんあった。

しかし、女子としておしゃれができずにいるのは非常にみじめで悲しかった。

一番つらかったのは、

「応援しに行くね」

と言って、なぜか高校の友達が予備校に遊びに来た時。

特に励ましの言葉もなく、男友達と惚気を聞かされて、「大学生」を見せつけてその友達が帰っていったときは、悔しくてたまらなかった。

この苦しみから解放されるには早稲田の合格しかない!

とその一心で勉強したのをすごく覚えている。

■浪人時代楽しかったこと

受験勉強は「分析」に尽きると思っている。

自分の成績、過去問、解法何もかも分析した。

できないところをできるようにすれば必ず成績は上がるものなので、

「何がいけないんだ??」

と名探偵の推理みたいに分析するのはなんだかんだ楽しかった。

自分は何がダメで何ができるのかを模試の結果を通じて分析し、その分析結果を勉強に反映させて次の模試に挑む。

分析通りうまくいけばうれしかったし、ダメだったところはまた分析しなおし。

過去問に関しても、問題作成者の視点になってどんな問題パターンがあるのか、また自分が割とできた年度と全然ダメだった年度を比較して何が得点に差をつけたのかなど

「今度はこうきたか…」

とか

「またこのパターンね…」

とか言いながらちまちま分析していた。

また、自分の悪い癖も分析し把握する。

これらを踏まえて自分だけの解法を確立した。

⒈実際に新たな過去問で試してみて、問題が生じればまた分析しなおして解法に修正をかける。

⒉新しい解法を再び過去問で試して修正をかける。

これを繰り返した。

圧倒的にスランプに陥った現代文はこれで克服した。(実際に文学部の現代文で9割取った)

自分の解法を日東駒専→MARCH→早稲田と試していき磨きをかけていった。

自分のやり方で解けるようになると本当に自信がつくし、入試当日も

「はいはい、このパターンね~」

って圧倒的余裕が生まれるのでとてもよかったと思う。

合格の瞬間

MARCHは全然過去問を解いていなかったため、当日全然手ごたえがなく

「一年頑張ったけど結局全然変わっていなかったのかも」

とめちゃめちゃ落ち込み、立ち直れないまま早稲田の入試に突入した。

最初の文化構想学部も全然だめで萎えたが、だんだん

「自分はなぜこんなに弱気になっているんだ??あんなに勉強したのに??」

と思い始め、最後の最後、気をふるい立たせて臨んだ文・人間科学・教育だった。

しかし、正直受かっている気がしなかった。

合格発表当日は親が隣で先にスマホで見ていたがノーリアクションだったため落ちたと思った。(親は間違えて補欠合格者のところを見ていた)

番号を見つけたときは嬉しかった。

入試までに泣ききったため、こみ上げてくる涙はなく、親とぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。

■受験結果

早稲田大学文化構想学部(一般) 不合格

早稲田大学文学部(一般) 合格

早稲田大学教育学部(一般) 補欠→不合格

早稲田大学人間科学部(一般) 合格

上智大学文学部英文学科(一般) 不合格

上智大学総合グローバル学部(TEAP利用) 補欠→不合格

立教大学文学部英文学科(センター利用) 合格

明治大学文学部日本文学科(一般) 合格

明治大学国際日本学部(一般) 不合格

法政大学人間環境学部(一般) 合格

法政大学人間環境学部(センター利用) 不合格

國學院大學文学部日本文学科(一般) 合格

東洋大学社会学部(センター利用) 不合格

東洋大学文学部哲学科(センター利用) 合格

今の大学生活

浪人生の時いろんなことに悩み、時に涙を流し、何かあれば涙を流したおかげで、

「なぜ悲しいと人間は涙がでるのか」

という疑問に始まり

「もっと人間について、心や感情について深く学びたい」

と思うようになった。

大学一年生になって様々な授業に出て自分の気になる学問が哲学的な内容であることが少しずつ明らかになっていった。

一方で生物学的な視点からも人間について取り分けて人体について知りたいという気持ちが新たに芽生え、生命倫理や免疫の授業などのかなり理系よりの授業も受けた。

このように融通が利くのも早稲田にならではの魅力だと思う。

サークルでは大学祭運営サークルである「運スタ」と出版系サークルである「早稲田リンクス」に(一応)所属している。

運スタでは初めは全然興味がなかったのに、気づけば

ごみ処理チームの一員

になっており、ごみの分別をこよなく愛すようになった。

早稲田リンクスでは、今こうして浪人についての記事を書かせていただいている。

バイトでは、現役の時に通っていた塾に舞い戻って、今はチューターとして大学受験生に受験のアドバイスをしている。

浪人の時に想像していた大学生活と全然違う大学生活を送っているけど、とても充実している。

浪人生へのメッセージ

自分が勉強するうえで、いつも心にとめていたことがある。

それは、何事も遅すぎることはないということだ。

私はあまり器用ではなかったため、追い込まれると

「あああ~もっと前からちゃんとやっていれば…」

とよく後悔していた。

でも一週間後に気付くよりも今日気づくほうがいいに決まっているし、一か月後に気づくよりも今日気づくほうがいい。

一年後入試が終わってから気づくよりも今日気づくほうがいいに決まっている。

やらなかった過去の自分を悔やむよりも今日から、今から、始めたらいい。

三月遊んでしまいこの記事を読んで少し後悔したあなたも、だ。

「今気づいた自分はラッキー!!」

というくらいの気持ちでとっとと勉強を始める。

夏休み中、英語と日本史に気をとられて全然国語ができなくなっていることに気付いた九月、国語と英語に気をとられて基礎が全然できないことに気付いた一月、初めは勉強を怠った自分を死ぬほど悔やんだが最終的にいつもこの

「今気づいた自分はラッキー」

ですぐに切り替えて勉強した。

入試一週間前になれば結局

「あと一週間あれば…」

って思うし、前日になれば

「あと一日だけでもあれば…」

なんて思うものである。

気づいたその瞬間に対処する。

無駄にくよくよ落ち込まない。

折角もう一年チャンスをもらったのだから、絶対に後悔のないように入試が終わるその瞬間まで満身創痍で駆け抜けてください。

心の底から応援しています。

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