教育学部

【浪人早稲田教育合格】正直合格は奇跡だった。(前編)

投稿日:

2006年3月 八洲学園高等学校卒業
2006年4月 早稲田予備校高田馬場校入学
2007年4月 早稲田大学教育学部入学
 
 

■遊び呆けた高校時代

幼い頃から優等生キャラだった私。中学では勉強も委員会も頑張り、行きたかった高校の推薦合格を勝ち取った。高校ではキャラクターを変えて女の子らしくし、遊びを楽しもうと思って日々生活していた。

だが、勉強には身を入れずに遊び呆けたため、段々堕落していった。そして、無理なキャラ変えのせいで息苦しくなってくる学校生活。追い討ちをかけるようにやってきた学校への失望感。受験のことなんて全く意識せず、ただただ悲劇のヒロイン気取りで虚しさに浸っていた。
 
 

■予備校入塾は高3から

やっと予備校にも入り、大学のことを考え始めた。この頃私は高校を転校していた。問題を抱えながらもやりたい事を見つけ、考えあぐねた結果だった。それでも昔から蓄積されてしまった「私なら大丈夫」という異常な自信は拭いきれなかった。挫折を知らなかったことがいけなかったのかもしれない。
 
 

■高3夏休みは予習ばかり

受験モードが本格化してくるこの時期。ろくに勉強をしていなかった私は予備校の予習に追われ、復習が全然出来ていなかった。

英単語や熟語の暗記に力を入れだしたものの、読解力にすぐ結びつかないことに理不尽な苛立ちを覚えていた。英語に次いで嫌いな古文からも逃げた。

そして、成績によって変わる予備校スタッフの態度。勉強が出来ないと振り向いてもらえないのは悔しかったけれど、立ち向かうことはしなかった。
 
 

■AO入試に賭けていた高3秋

過去問題をみんなが解き始めるこの時期、私もその流れに乗って解き始めていた。
しかし、夏に怠けた代償は非常に大きく、志望校の問題には太刀打ち出来ない状態だった。「このままじゃいけない」、そう思ったが、AO入試の自己推薦文を書くのに夢中になって苦手な英語・古文の克服は不十分だった。

AO入試はというと書類審査落ち。通るかもしれないと思っていた私は頭が真っ白になった。

「やばい、大学生になれない」。そんな思いが毎日毎日頭の中で渦を巻いていた。落ち込んでいる場合では無かったけれど、書類審査で落ちたことは人格を否定された感じがして思った以上にダメージが大きかった。そんな時に言われた一言が早稲田を目指すきっかけとなった。

私を早稲田へと向かわせたのは現代文の先生で、その先生も早稲田出身でちょっと変わった人だった。悩みを聞いてくれて、いつも優しく見守ってくれた大好きな先生。そんな先生の「貴女はどこを目指してるの?」、という問いに私は「無謀にも慶應か上智を目指しています」と答えた。吹き出す先生。それもそうだろう、こんな学力じゃ笑われるよな、と思っていた

そして、次に出た言葉は「貴女に慶應も上智も似合わないですよ、早稲田じゃないですか、貴女は」だった。早稲田に対して、一般的なイメージしか持っていなかった私は「きっとおしとやかじゃないからそう言ったんだろう」と、思った。その胸中を先生にぶつけてみたが、先生は横に首を振って笑いながら「貴女は早稲田ですよ」としか答えなかった。

それからの私は早稲田を目指し始めた。先生のたった一言だけど、とても大きな一言だった。「先生が勧める早稲田はきっと凄いに違いない」と思いながらペンを動かしていた。

 
 

■全落ちしたことで芽生えた早稲田に入学したい欲

甘ったれていた私もさすがにこの時期は手を休めたりしなかった。当たり前のことだけど、自分にとっては大きな一歩だった。

解いても解いても合格ラインに満たない過去問。今まで怠けてきた日々に対する後悔と自己嫌悪。明らかに遅過ぎるスタート。それでも前に進もうともがき続けた理由は一つ。大好きな先生が言った、「貴女は早稲田ですよ」という言葉を現実にするため。ただそれだけだった。

センターは惨敗に終わり、合格が一つもないまま迎えた早稲田の入試。初めて早稲田大学の地を踏んだ私の足。大きくそびえ立つ大隈講堂、人の波、広い構内。私の心は弾み、「ここに居たい」と強く思った。理由なんて無い。直感だった。

結果は全敗。

社学の発表と同時に浪人が決まり、親から言われたのは「そんなんじゃ受かるわけないと思ってたよ」という言葉。明らかに努力が足りないのに涙が止まらなかった。

現役時代が幕を閉じ、私はZ会の通信教育で浪人生活を送ろうと考えていたが、「予備校に行きなさい、お金のことは良いから。自宅で集中出来ないのはもう分かってることだしね。通って頑張りなさい」という親からの助言で予備校に入ることになった。

早稲田予備校高田馬場校。早稲田大学に近いこの予備校で私の浪人生活が始まろうとしていた。
 
 

■受験校・結果

現役時の受験結果は本当に散々なものだった。

○明治学院心理学部心理学科(自己推薦入試) 不合格

自己推薦なんて簡単だ!と思っていた過去の自分をぶん殴りたい。

○センター試験結果

英語:6割、国語:6割5分、現代社会:7割、数学:5割

○中央大学法学部政治学科(一般受験) 不合格

英語が本当に分からなかった。センター試験との違いを存分に感じた試験であった。

○中央大学経済学部経済学科(一般受験) 不合格

正直受かったと思っていた。敗因はやはり英語。

○中央大学文学部社会学専攻(一般受験) 不合格

周りの人のキャラが独特で気になってしまった。

○早稲田大学政治経済学部経済学科(一般受験) 不合格

中央に落ちているのだからそりゃ落ちるわな。
自分では受かる気でいたが正直記念受験であった。

○早稲田大学商学部(一般受験) 不合格

段々とどうにでもなれという気持ちが強くなっていた。そのため落ちることは当然の結果であった。

○早稲田大学社会科学部(一般受験) 不合格

基礎がガタガタだったため、当然の結果となりました。行きたくない所は受けたくない、ということで滑り止めは受けませんでしたが、無謀でした。ちょっとは試験慣れしておくべきでしたね。

受験生の皆様、私のようにならないよう、どうかよく戦略を練って試験に臨んで下さいませ。

後編はこちら

【浪人早稲田教育合格】正直合格は奇跡だった。(後編)

記事内広告




記事内広告




-教育学部
-, ,

Copyright© 早稲田の杜 , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.