教育学部

【浪人早稲田教育合格】ポケモンマスターが殿堂入りするまでの話

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2017年3月 神奈川県立海老名高等学校 卒業
2018年4月 早稲田大学教育学部教育学科初等教育学専攻 入学

■早稲田を目指した理由

記念受験だったので特に理由はなかった。ただ第一志望が教育系だったので同じ教育系の教育学部を選んだ。そして学科は一番合格最低点が低いところを選んだ。

■高校一年の時の自分

サッカー部だったので練習が多く、疲労で勉強はあまりできなかった。授業中も寝ているような感じだった。せっかくのOFFも遊びに費やした。

親に強制される形で秋に河合塾に入塾。塾の授業も部活の疲れでほぼ寝ていた。

■高校二年の時の自分

一年の時と変わらず。噂で理系は就職に強いと聞いていたのでなんとなく理系を選択。この選択が主な浪人した要因だった。クラスで空前の任天堂DSブームが起きた。図らずも『ポケットモンスターDP』にハマってしまった。

■高校三年の時の自分 

周りがだんだんと受験に向けソワソワしだしたので僕もソワソワし始めた。ただ相変わらず学力、成績共に低空飛空だったので数学の教師に「お前は浪人する」と繰り返し言われた。

受験生の命だとも言われる夏休みは夏期講習を無駄に取りすぎ、自習もままならずという感じだった。ポケモンGOがこの時期にリリースされたのは今でも罪だと思っている。

夏休みが終わり、秋の模試では私立理系型で偏差値45くらい。英語はまだマシな方だったが、数学と化学がボロボロだった。それでも「法政はチョロい」とほざく同級生のたわ言を信じていた僕は(今思うと受験したことない奴の発言に根拠はないのだが)法政なら受かると謎の自信があり、第一志望を法政大学理工学部創生科学科(偏差値50)に設定し1日2時間程の受験勉強に励んだ。

センター試験なんて国公立志望が頑張ればいいんでしょというスタイルでセンター試験前は悪友と放課後はピンポン野球に励んだ。その結果、僕はナックルボールとセンター得点率51.9%の結果を手に入れた。

流石にこの結果に焦りを感じた僕は私立の入試までに化学の無機・有機を極めようとしたが全く理解できず、ますます焦り出した。

■一般入試

法政の理工の創生化学と応用情報工のみ受験。英語はでき、数学もまあまあで化学はボロボロだったのに何故かどちらも受かったと思った。帰りに新宿のラーメン屋で友達と大学生活について楽しく想像を巡らせたのを記憶している。

■センター試験結果(現役)

英語(筆記)163/200
英語(リスニング)26/50
数1A 37/100
数2B 39/100
化学 50/100
現代文 86/100


合計 401/650 61.1%

■二次試験結果(現役)

○法政大学理工学部 創生化学科(セ)不合格

受かればラッキーぐらいの気持ちで出願した。

○法政大学理工学部 創生化学科 不合格

応用情報工よりは簡単な気がしたが案の定、化学に苦しめられた。

○法政大学理工学部 応用情報工 不合格

化学が半分も埋まらなかった。でも受かったと思った。

■受験(1回目)を終えて

当然の結果だと思った。しかし、スマホで不合格の文字を見て浪人が決まった時はものすごく泣いたし、親にも罵倒され続けた。卒業式が終わってから地元で同じく浪人が決まった勢とサッカーに明け暮れた。またこのとき文転を決意。河合塾厚木校は現役館だったので、河合塾町田校に通うことにした。

■浪人生の春

私立理系⇨国公立文系と受験型を変えたので初っ端から危機感を持って勉強した。2ちゃんねるの浪人スレで「春に勉強しない人はその後も勉強しない」という文を見たおかげだ。

また、やる気が途切れそうなときは浪人失敗コピペを見ていた。受験費用は自分で稼ぐと親と約束したので町田のコンビニでバイトを始める。バイトが休憩のようになっていた。春の模試での浪人生は強いのはご存知の通り。

しかし僕にとって、日本史・倫政・古文・漢文は初めて触れる内容だったので5教科7科目で偏差値は50ちょいだった。高校の友達とは2回遊んだ程度。

■浪人生 夏

インスタで観測する大学生活楽しんでいる同級生への羨望と悔しさをバネにした。そして8月になる前にバイトを辞めた。20万貯めることができた。1日8時間以上を目標に日本史と倫政と数学を夏休み(授業がない期間のこと)主に勉強した。特に数学については1日1回は黒本書青本書を1回分以上は解くようにしていた。おかげで夏休みが終わる頃には数学は7割に届くようになった。

塾内の自習室は嫌いだったので町田か海老名の図書館で勉強していた。休憩がてら罪悪感を抱きつつも、BOOK OFFによく足を運んでいた。小説が大好きなので2日に1冊は読んでいた。これが現代文の勉強になっていたのかも。

化学が伸びなかったので、化学⇨化学基礎・生物基礎に変更。これが大幅な点数アップに繋がった。夏が終わる段階での模試の偏差値は55程度だった。

■浪人生 秋

割と順調に勉強できていたと思うが受験が近づくにつれ精神がボロボロになっていった。全落ちした時の自殺場所を東尋坊にしようと決めたのもこの頃だ。

音楽と小説でなんとか秋を乗り切った。10月の模試での偏差値は57程度だった。

■浪人生 冬

暗記科目をひたすらやっていた。センタープレでようやく偏差値60を超える。

■センター試験

1日目は文系科目だったのでなんとかという感じだった。ただ英語のリスニングは絶望してた。2日目は理系科目だったので不安だったがまあ耐えたという感じだった。

センターが終わりほんのちょっとの安堵感からか、2次・一般まであまり勉強をしなくなる。勉強より小説を読んでいる時間の方が長かった。

■2次・一般受験

教師を目指していたので第一志望は東京学芸大学だった。センターリサーチで国公立は全てA判定、私大も早稲田以外はA判定だった。ちなみに早稲田はD判定

学芸大の2次は国語のみで、対策も河合塾の先生に記述の採点などをしてもらい十分だったので自信があったし実際割と解けた。

私大の受験の期間に脇に腫瘍ができてしまい人生初手術を受けた。

滑り止めに成蹊大学のセンター併用を受けたのは正解だった。

■受験結果(浪人)

英語(筆記)165/200
英語(リスニング)26/50
国語 159/200
日本史 81/100
倫政 81/100
数1A 76/100
数2B 64/100
化学基礎 42/50
生物基礎 46/50

合計:708.1/900(78%)

■二次試験結果

○法政大学 文学部哲学科(セ) 不合格

センターの自己採点が前年の合格最低点より5%高かったので受かったと思った。

○法政大学 経済学部国際経済学科 合格

簡単だったので合格の手応えがあった。昼休みに成蹊の合格を知ったので午後は余裕を持って回答できた。

○青山学院大学 文学部フランス文学科 不合格

これも合格したと思った。脇の腫瘍が治ったので落ち着いて受けることができた。

○中央大学 文学部ドイツ語文学文化専攻 不合格

脇の腫瘍と熱のダブルパンチを食らってしんどかった。古文漢文が難しかった。

○成蹊大学 法学部法律学科(P方式) 合格

センターだけでほとんど前年の合格最低点に達していて、試験科目も得意な英語だけだったので余裕だった。ただ問題数が異様に多い。

○早稲田大学 教育学部教育学科初等教育学専攻 合格

思っていたより解けた感じはあった。日本史が過去問より簡単で拍子抜けした。6割は届いたいう感じ。

○東京学芸大学 教育学部A類国語 不合格

古文が今まで解いてきた中で1番難しかった。
しかしセンターの結果でちょっと油断していた。

○都留文科大学 教養学部学校教育学科 不合格

小論文800字以上1問だけで、お題は「木について論ぜよ」。へ?と思ったが架空の"木"に関するエピソードを作り回答した。

○信州大学 教育学部現代教育コース 不合格

センターリサーチ1位だったので既に受かったつもりだった。面接官3人対1人。現代教育コースは小学校教諭の免許しか取れないのに高校の先生になりたいと答え、そこから面接官の顔が曇った。しかし、退出するときの面接官の顔が笑顔だったので受かったと思った。

■受験(2回目)を終えて

早稲田に受かったから良いもののヒヤヒヤとする受験だった。センターリサーチは1位で2次試験は面接だけの信州大学に落ちたのは今でも解せない。

早稲田は完全に記念受験だったので合格者番号もロクに見ずに、後日入学手続き書類が送られてきて驚いたのを覚えている。

■最後に

僕が高校3年間+1年の受験勉強を終え学んだのは何も勉強だけではないです。

僕はその四年間から様々なことを学びました。

現役生の方、大学受験は確かに重要なことですが大切なのはどの大学に入るのかではなく、将来どうするかです。だから、失敗したとしても絶望しないでください。もちろん第一志望に行けるのならそれに越した事はないです。

浪人生の方、今は辛いだろうけどベストを尽くしてください。浪人を経験すればもう怖いものはありません。合格したら大学生活、きっと充実したものになると思います。

皆さんの合格を祈ってます。

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