人間科学部

社長出勤さんの不合格体験記

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2007年 早稲田大学 人間科学部 健康福祉科学科 入学

 

■高校1~2年

地元のいわゆる「進学校」に入学した俺は、「入学する」ことに満足して生活してしまっていた。
部活は小学校、中学校と続けていた野球部に入るが、高校と中学の練習量は天と地の差で帰宅するとすぐに睡魔に襲われ泥のように眠り、
学校でも「英語、数学、古文、漢文は寝る授業である」と周りに豪語して堂々と机に突っ伏していた。

 

今思えばアホの極みである。

当然学校の成績は320人中310番と素晴らしい成績を取りまくり、周りを笑わせたことは言うまでもない。

 

高2の春、2つ上の兄が現役で早稲田に入り、俺は兄の入学式に同行した。当時の俺は大学受験の知識がまったくなく、
「早稲田? 名前は聞いたことあるけど」という感じで兄の入学式よりも東京を観光できることに喜んでいた。

 

しかし入学式当日、俺は驚愕した。人、人、人! 田舎から出てきた俺にとっては考えられない早大生の数。
無数にあるといわれているサークルが我先にとビラを配り、新入生の両手に何百枚と積み重ねられていく姿に驚いた。

 

どこの大学もこんなにたくさん人がいて活気があるのかと思い、兄の入学式が終わった後にとある大学の入学式に行ったが、早稲田ほどの力はなかった。

「早稲田ってやっぱり他の大学と違って半端じゃない数の学生がいて、パワーがあるんだ」

と、そう思った。
これが俺の、早稲田との出会いと第一印象であった。

 

強烈な印象を受けて帰ってきた俺だったが、部活中心の生活は変わらず無勉の日々が続いた。
2年生の5月になると模試が頻繁に行われるのだが、

「君は私立文型しか大学受験で生き残る道はない」

と高1の夏に担任から引導を渡されていた俺は、言うまでもなく数学は1桁の点数を取り、主要科目の英語でさえも偏差値40を連発。
さすがにまずいと思い、9月の終わりに兄に相談し、何をやればいいのか聞いた。

日本史は詰め込むだけなので実況中継を読めといわれ、古文漢文は文法、句形をひたすらやれと言われた。
そして、英語に関して言われたことは「今のうちは基礎を固めろ」だった。

 

俺は「基礎? 単語のことだろ!」と勝手に解釈し、基本的な文法(5文型の判別や長文中の分詞構文などを見抜けるなど)をやることをすっかり忘れてしまっていた。
確かに単語も重要な基礎なのだが、単語だけわかっていて問題が解けるほど大学入試は甘くはない。

 

この「基礎」の解釈を勘違いしたことによって不合格という破滅の道を歩むことになるとは、このとき知る由もなかった。

 

高校3年1学期

最高学年になり、受験を控えた学校はピリピリした雰囲気になってきた。
しかし部活も忙しく、このままではまた勉強しなくなってしまう! と思ったので、
野球部の友達と代々木ゼミナールに通い、現代文と古文をとることにした。

 

しかし、ビデオ授業というなんの制約もない講義の最中では部活で疲弊しきっている体に睡魔が襲い寝てしまうことは言うまでもなく、
そして予備校に行っているという自己満足で、ほぼ無勉のまま一学期を過ごすことになってしまったのである。

 

高校3年(夏休み)

部活が終わり、さすがの俺も本格的に勉強をし始め、予備校の机にかじりついていた。 勉強時間は1日平均約12時間だったと思う。
勉強時間は長くても明らかに的外れであり(英語は単語だけをやって満足していた)、
「勉強は量より質」という言葉をこのときはまったく知らなかった。

 

そしてこの時期は、夏期講習の講座を取らなければいけないという気持ちに駆られると思うが、
この俺も例に漏れず自分の現段階の学力を知らずにたくさんの講座をとってしまった。

基礎がわからない俺が、ビデオの中で繰り広げられるハイレベルな授業についていけるはずもなく、復習もせずただ授業をこなすだけの日々が続いた。

 

俺が今になって感じるのは自分の学力を確認し、自分に何が必要かを考えて講座を取ることが大切だということ。

 

高校3年(2学期)

夏休みが終わり、あいまいだった志望校を本格的に決める時期となった。
俺は成績が一向に上がる気配がないのに口先だけで早稲田と言っていた、しかもなぜ自分が早稲田を目指して勉強しているのかわからなかったのである。

 

そこで俺は兄になぜ早稲田を目指したのかを聞いた。すると兄は2冊の雑誌を手渡してくれた。これが俺を早稲田受験へ向けて本気にさせる受験生のバイブル『早稲田魂』との出会いであった。

この雑誌は早大生が受験生に向けて発行している受験情報誌であり、学部紹介や合格体験記などモチベーションが上がるコンテンツが多数含まれている。

早稲田魂を見てからの俺は1日1回必ず「早稲田に行きたい」と友達に言っていたのでかなりウザがられていた。
だがそれほどになるまでに俺は影響を受けたのである。

 

しかし「行きたい、行きたい」と口では言うものの、相変わらず成績は上がらずにいた。
そんな中また不合格へ近づく勘違いをしてしまうことになる。

 

俺は勉強時間だけは人より長いという妙な自信があり、「これだけ勉強やっている、だから成績は時間がたてばついてくるよ」と愚かな考えを抱いていた。
もちろん質の伴わない勉強をしているので成績は最後まで上がることはなかった。

 

俺が今感じることは勉強することなんて誰でもできるということ。ただ闇雲に勉強していることに満足しないでほしい。
必要なのは早稲田に受かるための勉強であるのだから。

 

高校3年(冬)

この時期、世の受験生は赤本、青本などを使って過去問を解きまくっている、もちろん俺も解いていた。
ただここで一番重要なのは過去問のやり方を間違えないことである。察してもらえると思うが、俺はやり方を間違えた1人であった。
俺は赤本をB4にコピーして時間をはかり解いて丸付けして……はい終わり。

 

ん? 何かが足りない……そう、復習をまったく行わなかったのである。

英語に関して言えば、長文の精読など皆無であった。
勉強をする中で最も大切なことである復習を忘れていた、というか気付かなかった俺は赤本を解くことだけで満足し、受験に突入することになってしまう。

 

今思うのは、復習は本当に大切だということ。

 

■受験結果

[センター試験]

英語140点 国語100点 日本史86点
初めての試験でかなり緊張した。英語と国語の試験最中に頭が真っ白になり死を悟った。
またこの点数を見る限り英語と国語の基礎があやふやなのがよくわかる。

 

[明治大学経営学部]  不合格

英語の長文が長すぎる。時間内に終わるわけもなく撃沈。

 

[明治大学政経学部] 不合格

英語が難しすぎる。開始20分で不合格を確信。

 

[法政大学経済学部] 不合格

英語にやや不安を残しながらも国語と日本史が完璧に近いくらいできた!
これは受かると確信した。 ん? 国語と日本史が簡単なわけだから差がつかない、ということは英語で差がつく。
俺よりも英語ができる人間がたくさんいるわけだから……。

 

[早稲田大学人間科学部] 不合格

初早稲田! 大隈講堂がやたら高く見える。俺の学び舎はここしかないと思った。
教室に入るなり周りの受験生を見てみると、今まで受けてきた他大の受験生とは明らかに目つきが違う。
自分も負けずに目つきを変えてみたが、学力まで変わるわけがなかった。

 

[早稲田大学教育学部] 不合格

英語、国語、日本史すべてが難しい。早稲田と自分の学力の差を感じた。

 

[早稲田大学社会科学部] 不合格

マークミスの奇跡を望んで受けた試験。奇跡っていうのは実力のある人間にしか起きないものですね。

 

 

■浪人に向けて……

受けた大学全てに落ちた俺だったが、両親、兄貴はこうなることを予想というか、確信していたそうだ。
なぜ彼らは確信できたかというと、見ての通り私は英語が出来なかったからである。
当の俺は今までにないくらい勉強していたから(昼休みは1人で勉強していたし、平日は夜中3時まで勉強していたので)落ちるわけがないと思っていた。

 

しかしその勉強は先にも書いたようにあくまで自己満足の勉強であり、結果を見てみれば英語は単語しか覚えてない始末。
要するに受験をなめていたのである。

受験が終わって感じたことは、勝負は英語で決まるということ。
そして俺は英語を克服するために、英語を基礎から教えてくれる地元の予備校へ通うことに。

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