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【浪人早稲田社学合格】偏差値50未満からの逆転合格 工業高校卒でも受かる社学の勉強法!

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2005年3月 北海道小樽工業高等学校 電子機械科卒業
同年4月 代々木ゼミナール札幌校トップレベル早大コース入学
2006年4月 早稲田大学社会科学部入学

■偏差値50未満からのスタート

「志望校は?」
「早稲田です」
「出身高校は?」
「工業高校です」
「現役のときの成績は?」
「えっと~……模試で偏差値50超えたことありません」
「……」
浪人を決めて予備校に通いだして、初めて予備校の先生のところに質問しに行ったときの会話。
僕の受験生活は壮絶なものでした。

 

■遊び呆けた高校時代

高校は当時夢中だったバレーボールが強い市内の工業高校へ進学。

電子機械科。溶接作業はお手のもの。クラスは全員男。体育後の教室内の臭いは最悪。その臭いに慣れてしまった自分はもっと最悪。

一年のときに担任の先生から「このクラスは過去最悪の学級崩壊が起こる可能性を持っている」と告げられた。

クラスで団結してなにかをした一番の思い出といえば、高1のときに学校の近くの空き家にみんなで不法侵入して、そこで2ヵ月ほど生活しているうちに、それが警察にバレて、追いかけられ、捕まったら集団停学というスリルのもと、死ぬ気で逃げてガクブルな経験をしたという、なんとも馬鹿なもの。

友達の中には高3の夏に学校に通うのが急に面倒くさくなって、自主退学し、タイ語も話せないのにタイの会社に就職して、その後消息不明というT君もいる。

推薦で大学進学を希望していたK君は、面接試験の前日にキャバクラに行き、そこでオールした後、試験を受けに行き、見事合格したというファンキーなやつだった。

しかし、僕はそんな中でも、自分の青春かけて打ち込んでいた部活だけは真面目にやっていた。「お前からバレーをとったらなにも残らない」と周りにはよく言われ、「バレー馬鹿」として市内では知られたほどだ。バレーのことでラジオ番組に出演したり、高3の高体連では地区でMVPを獲得した。

そして、プライベートでは高2の秋に彼女ができたりなど、順調な生活を送っていた。 しかし、受験勉強に関しては工業高校ってこともあり、遠い世界の話。 進学しようか就職しようか迷っているほどだった。

某大企業のインターンに参加したりもした。

近い将来、自分が受験勉強を通して地獄を味わうとは夢にも思っていなかった……。

 

■夏休みから勉強開始するも...

まさに暗黒の時代。

部活を引退し、しばらく「もぬけの殻」となって生活していたが、当時の彼女が進学校に通っていて、勉強に打ち込んでいる姿を見て、次第に大学に進学して本格的に勉強したいと思い始めるようになり、受験勉強を決意した。

しかし、ここは工業高校。

授業の半分は工業系の授業、普通教科の勉強だって古文の授業はない、社会の授業はない、英語だって中学レベルのことしかやらない。

まして周りに受験生なんているわけもない。

しかも工業で理系なはずなのに、なぜか文系科目の勉強を始める(笑)。

というより、文系、理系って何のことなのか知らなかった。

学校のバックアップはほぼゼロだったため、とりあえず近所にあったサテライン予備校で授業を受け始めることにした。

まず手をつけたのが英語。英語は高1の頃から興味があり、個人的に勉強はしていたのだが、甘かったようだ……。

先生が何を言っているのか意味不明。文型ってなに? SVOCってなに? 動詞には自動詞と他動詞があるの? って感じだった。(信じられないだろうけどこれ本当!!) 次に国語。高校時代、本を1冊しか読んだことのない僕に、入試の難しい現代文なんて読めるはずがない。(しかもその読んだ本は『世界の中心で、愛を叫ぶ』。当時流行ってたんですよ!!(笑))

 

古文なんて異国の言葉。僕は高3の12月ぐらいまで「係り結び」って何なのか知らなかった。

漢文は読める。レ点、一二点は知っている。中学で習った。でも大学受験の漢文では白文に自分でレ点、一二点をつけて読まなければいけないらしい。「使われている文字は漢字なんだから、なんとかなるだろう」という安易な考えに走ることにした。ということで漢文は現役の頃無勉。

最後に社会。みなさん! 大学受験の社会には地理、歴史、公民と分かれているのをご存知でしたか? 僕は高3の夏まで知りませんでした。いいんです、笑ってください。高3の夏、模試の社会の時間に日本史を解こうか、世界史にしようか、政経にしようか悩んでいた。もう受験生とは言えない。日本一の馬鹿な受験生だったと思う。

受験勉強を決意したことを何度も何度も後悔した。
でもこれだけでは終わらない。高校の友達のうち、半分は就職した。4分の1は専門学校に行った。残る4分の1はみんな推薦で大学に行った。

学校の中で受験勉強しているのは僕しかいなかった。
就職組も、推薦で進学組も夏が終わる頃にはみんな進路が決まって、残る高校生活を思いっきりエンジョイしていた。その中で僕はたった一人だけ勉強していた。

「アイツは付き合い悪い」「なに勉強ばっかりやってんの」って悪口言われていたのは知っていた。

友達が減った。というか、いなくなった。人間とは都合のいい生物だ。
さらに同じ頃、一年近く付き合って、ずっと心の支えにしていた当時の彼女と破局! ……もう笑えない。

 

学校帰りに、チンピラ4、5人とすれ違ったときに、睨んだと難癖つけられ、囲まれたりもした。心が病み、顔も相当無愛想になっていたのだろう。
他にも、人前では言えないような嫌なことが起こり、ストレスにストレスが溜まり、胃潰瘍になった。胃薬飲まなきゃ生活出来なかった。
死んだ方が楽なんじゃないの? って本気で考えた。かなり危険な人間になっていた。

あの時、地球に隕石が落ちて、人類が滅びるならそれでもいいって本気で考えていた。「遅くなったけど、ノストラダムスの予言当たらないかな」って本気で思った。
今、思い出しても心が痛む。……うん。

夏に部活を引退してから高校を卒業するまで、楽しいことは一度もなかった。
本当に一度もなかった……。

まさに暗黒時代。

しかし、その中でもひたすら勉強していた。トイレの中でも教科書読んでいた。『政経ハンドブック』を一週間でボロボロにした。
大好きなバレーボールと友達と恋人がいなくなった自分には勉強しかなかった。ただ入試までとにかく勉強一筋だった。

 

■入試結果(現役時代)

冬も半ばにさしかかり、センター試験の時期がやってきた。

もう一年以上前のことなので詳しい点数までは覚えていないが、

英語:130点
国語:60点ぐらい(古文8点、漢文4点)
政経70点だった。

念のため言っておきますが、国語は200点満点ですよ(笑)。
その頃、僕は実力にも似合わずマーチを目指していたが、マーチのどこも受かるわけがなかった。
二月に入り一般入試に突入。

結果はマーチ全落ち(立教は受けていませんが)、日大経済学部だけ合格できた。しばらく本気で日大いこうか迷ったが、もう一年挑戦してみよう! という思いが強くなり、浪人することに決定。

 

■浪人生活の始まり

目標校は早稲田!!そのとき初めて自分の中に「早稲田」という言葉が浮かんだ。

でも周りに「早稲田目指してるんだ」って言うとみんなに「嘘だろ? 無理に決まってるだろ」って言われた。高校のときの先生はもちろん、予備校の先生にだって言われた。
「なんで予備校に来てるの?」という目で周りに見られたこともあった。

 

そこの塾長に言われた言葉は今でも忘れない。
「工業高校の生徒が受験なんてできるわけないだろう」

めちゃめちゃ悔しかった。悔しくて涙が出た。そんな奴らを見返したかった。ただそれだけ。自分の浪人一年間はそんな怒り、悔しさの気持ちを抱きつつ、それが原動力となっていた。
早稲田に合格することができたら、今まで自分が打ち込んできたバレー生活も、自分が歩んできた道も全部肯定できるんじゃないかなって思った。今までの自分を肯定するために早稲田にいきたかった。

 

■早稲田社学合格のための勉強法

浪人時代なにをしたかというと、とにかくコンスタントに勉強した。

一年間緊張の糸が切れないように、毎日やりすぎず、でもやると決めたことは毎日しっかり消化していった。でもたまには息抜きも必要かな??(笑)
僕はたまに友達と飲みに行ったり、ドライブしに行ったりして心のバランスを常に保っていた。勉強時間は多少奪われるかもしれないが、逆にそれで効率が上がることもあると思う。

あと僕は同じ場所でずっとじっとしていられない性格なので、喫茶店や行き帰りの電車の中で勉強している時間が多かったと思う。電車の中はおススメ!!

それと秋口からはひたすら過去問演習。早稲田の問題は他大と違って特徴的で、その問題に慣れるためにはとにかく自分で過去問を解いていくしかないと思う。マジで早稲田に合格したければ自分が受けない学部の過去問も手に入れられるだけ手に入れて、何度も何度も解いていくしかない。面倒くさいようだが、それが合格への最も近い道のりだと思われる。

それと秋に入ってからの模試の成績はあまり気にしないほうがいいと思う。大事なのはいかに第一希望の学校の問題に慣れるかということ。僕は早稲田以外の過去問は一度もやらなかった。(それはそれで問題ありますが…)

 

そして僕は早稲田の問題に慣れすぎたために、明治大学の問題は読解不可能に陥りました (笑) 。
個人的に浪人生活一年間は楽しかったし、楽だった。といっても遊んでいたわけではない。一年間の中で、勉強しない日はなかったし、どんな日でも最低5時間は勉強していた。

みなさんは今、勉強すること自体、辛いことだと思っているかもしれませんが、今みなさんの周りの人たちの中にも勉強している人はいるでしょう?
同じ目標に向かって頑張っている友達が少なくとも一人はいるでしょう?

それって素晴らしいことだと思う。現役の頃の僕にはそれがなかった。浪人で予備校に通って初めて自分と同じ目標を持って勉強に打ち込んでいる友達ができた。僕に言わせれば、それってすごい幸せなことだと思う。素晴らしい。

 

■入試結果(浪人時代)

再び入試の季節がやってきた。今年は去年とは違うという自信があった。だってあんなに勉強したんだから。

明治大学政経学部     不合格

まじか…と思わず声が出たことを覚えている。

日大経済学部        合格

初めて勝ち取った『合格』であったため本当に嬉しかった。自分のやってきたことが間違いではなかったのだと実感し自信が沸いた。

法政大学法学部       合格

本当に緊張した。ただ、問題を解きながら受かるという実感があった。

中央大学経済学部      合格

勘が当たった。直前に見直していた箇所が驚くほど当たり嬉しかった。

青山学院大学国際政経学部  合格

大部リラックスして受験に挑むことができた。

早稲田大学政治経済学部    不合格

得点開示を見たところほんの数点て悔しかった。

早稲田大学教育学部    不合格

英語で大きくこけた。家に帰ってからの見直しでケアレスミスをしていることに気づき自分に自信を持てなくなってしまった。

早稲田大学商学部     不合格

すらすら解くことができたため受かったと思っていた。

早稲田大学社会科学部    合格

「合格はほとんど運」という社学に受かった。運も実力のうちであるし、早稲田に入学することができたのだからと言い聞かせた。

って感じです。浪人一年で成績が爆発的に伸びた。偏差値にすると30~40くらい伸びたのかな? 一番得意科目になった政経は偏差値50伸びて、MAX偏差値85で全国4位とった。
今まで無理だって言ってきた周りを見返した瞬間の優越感は最高!!母親は合格を知った瞬間、親戚や近所のおばちゃん達に電話をかけまくっていた。おばあちゃんに電話したとき、おばあちゃんが発狂して身を案じた。

僕の出身高校で、大学に一般入試でチャレンジして、合格したのは史上初だった。
上京する前に、高校に顔を出しに行ったとき、高3の最後の卒業試験の数学で6点をとったにもかかわらず、卒業単位を認めてくれた心優しい先生からは、お金を貰った。よっぽど感動してくれたらしい。

後にも先にも、こんな滅茶苦茶な生徒はいないだろう。でも、「俺の子供もお前のように成長してほしい」と言っていた。

自分のやってきことが、やっと他人に認められた気がした。

そのお金で、今まで迷惑をかけてきた両親にケーキを買って家に帰った。

 

■おわりに

受験生として過ごした一年半、僕は周りからずっと見下げられてきました。「偏差値50ないんです」「通っている高校がバカ高校なんです」

よく聞く言葉です。でも僕に言わせれば、だからどうしたというのですか?偏差値50なかったら、あなたの憧れとしている大学を諦めなければならないのですか?
通っている高校の偏差値が低かったら、早稲田を受けたらいけないのですか?

 

先生にそう言われますか?ここに、一年前は日本一バカな受験生だったのに、今は日本一の大学に通えている人間がいます。みなさんの中で今、受験勉強で本当に辛い思いを味わっている方もいるかと思いますが、一生の中であと半年しか受験勉強はできません。
あと半年です。半年頑張れば、あなたの夢が叶うかもしれないのです。

 

僕は最近よく思うことがあります。

人の一生の中で本気で一つのことに打ち込めることって、一体何度あるのでしょう?

あなたは今まで他のことを犠牲にしてまで心の底から何か一つのことに打ち込んだことは何度ありますか?

そんなに多くはないと思います。受験勉強というものは本当に辛いものです。しかし、受験には不思議な魔法がかかっています。

それは人を本気で一生懸命にさせてくれる素敵な魔法です。

今、辛い思いをしていればしているほど、あなたはその魔法にかかっています。一つのことに打ち込んでいる人って一番カッコいい!!一生の中でなにか一つのことに打ち込める数少ない機会を、ぜひ受験勉強にしてください。
受験勉強を通してマジで辛い経験をした僕も、今はその受験で辛かった経験の全てを肯定的に受け止められています。

 

今、僕は幸せです。

もちろん僕だってまだまだ向上しなければいけませんが、今、僕は早稲田の杜に通うことができて、リンクスの仲間と一緒に生活することができて、本当に幸せだと思います。
この幸せは他でもない、自分の手で掴んだものだと胸を張っていえます。
来年の春、あなたもそうなってください。
あんな状態からスタートした僕にできたことが、みなさんにできないはずがありません。
この文章を読んでくださったみなさんに、「受験勉強して良かった」「浪人して良かった」と言える日がくることを心から願っております。

 

受験にはお金もかかる。時間もかかる。労力も必要。

だけど、その先にはお金じゃ得られない感動がある、人生で一番輝いている四年間がある、早稲田じゃなきゃ出会えない人達がいる……。

 

「もう少しだ! 頑張れ!!」

 

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