商学部

【浪人早稲田商学部合格】迷ったら浪人!早稲田合格は勝ち取れる!

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2015年3月 東京都立竹早高等学校卒業
2015年4月 河合塾池袋校早慶上智大文系アドバンスコース・WEクラス入塾
2016年4月 早稲田大学商学部入学

 

■早稲田を志望した理由・時期

母子家庭で余裕のある生活ではなかったので人生このまま底辺で終わりたくないと思っていたのと、予備校の先生や受験生応援雑誌「早稲田魂」の影響で早稲田に強い憧れを抱くようになった。

模試の志望判定に早稲田を書き始めたのはおそらく高3の春から。

 

■高校時代の部活・期間

高3の5月いっぱいまでバスケ部に所属していた。

 

■高1~高2 ―成功体験と慢心―

第一志望の高校に必死に勉強してギリギリで入学した。
自称進学校ではあったが、挑戦校であったので合格を勝ち取ったことに誇りを覚えた。

しかし、滑り込み入学であったので学力的に大きな問題があった。
真面目に春休み課題をこなしたにも関わらず、新入生テストの学年順位は下から5番目だった。
帰国を除くと最下位だったかもしれない。

担任に最速で留年の心配をされた。
入る高校ミスったと痛感したが、逆に見返してやろうと高校受験の時よりも勉強し、半年程度で模試の学年順位22位まで這い上がった。

完全に自分に自信がついた。

その後は自分に安心しきってしまい、高2からは殆ど勉強しなくなり学年順位も100位以上落ちた。
しかし、焦りは全く無かった。
「本気を出せばなんでも出来る」と慢心していたからだ。
この慢心がのちの現役不合格につながる。

 

■高3 -中途半端な受験期-

高3の春から周りに合わせてぼんやりと受験を意識し始め、英語だけ河合塾のグリーンコースに通い始めた。
そこで出会ったH先生の影響で早稲田を目指そうと明確に思い始めた。

しかし、当時の成績は第1回マーク模試で3科55程度であり完全に高望みであった。

にもかかわらず、過去の成功体験にすがり続けていた私は「本気を出せば何とかなる」と慢心していて、さらに有名講師のH先生が居れば受かるだろうと安心し切っていた。
全く勉強をしなかった訳ではないが、早稲田合格には程遠い勉強量であった。

五月の終わりに部活を引退した後もその姿勢は変わらなかった。
こうして気づけば夏休みも終わり、秋の文化祭が終わった頃にやっと理想と現実のギャップを認識した。
「このままでは落ちる」と思い焦りながら勉強を始めたが、そんな焦りも模試の結果を見た直後とH先生の授業中しか持続せず、多少は改善したものの日曜日は一日中寝たり平日夜は暗記をサボってスマホでYoutubeを見たりなど、どこかまだ自分に甘えた生活と中途半端な勉強の日々が続いていた。

早稲田に受かるには早稲田愛が必要だとどこか勘違いして紺碧の空を覚えた。
世界史は覚えなかったのに。

最後の第三回記述模試ではまぐれで偏差値65を出し、第一志望の早稲田商はC判定だった。
足りない勉強量にも関わらず、思わぬ好成績に自分は余計に慢心してしまった。
まぐれだとわかっていても信じるしかなかったのだ。

 

■現役時代直前期

冬になると、周りの空気もガラッと変わり皆が勉強に全力投球している様に見えた。
また、早稲田志望の友達と中途半端な自分の勉強量を比較してしまうのが本当に怖くなっていた。

早稲田の過去問を解いてみる。

全く解けない。

ここで完全に自信が崩壊し、現実を見るのが嫌で勉強するのが怖くなっていた。
頭では勉強せねばとわかっていても、早稲田との距離を見る度に苦しくなり、自己嫌悪に陥った。

頑張らなければならないのに頑張れない自分が本当に情けなかった。

そのまま年は明け、センター試験に突入した。

 

■現役時代センター試験結果


英語:152点
リス:50点
国語:152点
世界史:89点

170点をノルマに掲げていた得意科目の英語で大失敗してしまった。
しかし、「センター利用でMARCHを取れれば早慶は見えてくる」という話を聞いていたので、中央大をセンターで取ったことは自信になった。
これで落ち着きを取り戻し、一般入試まではかなり集中して勉強に取り組むことができ、受かるかもしれないという淡い希望を抱いていた。

そうして一般入試に突入した。

早稲田4連戦が始まる前日、模試でA判定を取ったこともある明治経営の合否発表日だった。
英語だけ自己採点をして8割5分あったので絶対に受かった自信があり、親に中央と法政の入学金振り込みをしなくて良いと伝えた。
しかし合否見てみるとまさかの不合格。

「浪人」という文字が頭をよぎった。

ショックでめまいを起こし、翌日からの早大入試への自信を完全に失った。
早大入試本番の朝は半分泣きながら電車に乗って試験会場に向かった。
こうして現役の受験は終了した。

 

■現役時代受験結果


中央大学文学部 (センター利用)合格

法政大学経営学部市場経営学科(センター利用)不合格

明治大学商学部(センター利用)不合格

法政大学経営学部市場経営学科 合格

明治大学経営学部 不合格

立教大学経営学部国際経営学科 不合格

早稲田大学人間科学部人間情報学科 補欠

早稲田大学教育学部生涯教育専修 不合格

早稲田大学商学部 不合格

早稲田大学社会科学部 不合格

結果は上記の通り悲惨なものだった。
本気でやり切ってない自分が受かるはずないとわかっていたので合否案内ダイアルに電話する度に本当に苦しかった。
唯一の希望は早稲田人科の補欠だったが、3月16日の繰り上げ発表の時まで進路は未定であり、期待と恐怖の両方で毎日眠れなかった。
遊んでいても補欠の事を考えてしまってあまり楽しめなかった。
運命の3月16日午前10時、震える手で電話を掛ける。

「残念ながら、補欠制度において不合格です。繰り返します…」

後の得点開示で明らかになるのだがたった0.163点差で落ちていて、しかも最低点が低い他の2つの学科で出願していたら合格していた点数であった。
中途半端な勉強が一番報われない。
そのままベットに倒れこんだ。

しかし涙は出なかった。
その時の自分はもう来年度のリベンジに燃えていた。
弱くてだらしない自分に勝てないまま大人になりたくなかった。

お金に余裕が無いし、浪人しないと約束していたので親には相当反対されたが、将来浪人費用の100万は絶対に返すという条件で本当にありがたいことに予備校に通わせてくれるようになった。

こうして私は親への100万円の借金と引き換えに晴れて浪人生となった。

 

■浪人時代(前半)

浪人時代は毎朝7時半に起きて午前中は河合塾の授業を受け、午後から閉館の9時まで自習室に籠るという非常に単調で砂を噛むような日々を送っていた。

そんなお陰で模試でも3科目で偏差値70近くをバランス良く取れるようになり、とても順調だったので第一志望を商から政経に引き上げた。

大学に進学した1年半付き合った彼女に振られてしまった。
当時は本気で好きだったのでかなりへこんだが、早稲田に絶対受かって見返してやろうと自分に言い聞かせてなんとか机にむかっていた。

 

■浪人時代(後半)

しかし順調な浪人生活もそう長くは続かなかった。
夏を過ぎたあたりから受験費用の事で親との関係が悪くなり、予備校では勉強で、家では親との喧嘩でどんどんストレスが溜まっていった。

受験料は一切払わないと親に言われて喧嘩になり、下の階の人に警察を呼ばれたこともあった。

勉強だけに集中したいのに出来ず模試の成績も下がり、ペースがどんどん乱れて週の計画やノルマが達成できずに焦りだけが募った。

10・11月頃のメンタルは死んでいた。
その頃は勉強していても全く集中出来ず、サボりがちになってしまいサボる罪悪感や甘えた弱い自分に勝てないことへの情けなさと受験へのプレッシャーに再び押しつぶされそうになった事が多々あった。

どうしても勉強出来ないときには池袋から1時間程歩いて早稲田に向かい、大隈さんに来年の4月に絶対に早大生になってここに帰って来ると誓ってモチベーションを保っていた。

今思えばかなり大変な時期だったが、このスランプを乗り越えれたことは弱い自分に打ち勝った証拠だと思うし、ここで折れていたら今私は早稲田にいないと思う。

冬に入ると自然と調子も戻ってきてまた満足のいく勉強ができるようになり、いい感じのままセンター試験に突入した。

 

■浪人時代センター試験結果

英語 180
リスニング 44
国語 175
世界史 92

前日以外センター対策はしなかったが、その割にいい点だった。
確実にマーチを取れたと分かったのでマーチの一般受験を減らすことで早慶の過去問に割く時間を増やせた。

センター後は私の人生で一番勉強できて、過去問も合格点ばかりで自信満々。
去年の自分と今現在の自分が大きく違う事を実感できた。

 

■浪人受験結果


○法政大学経営学部市場経営学科(センター利用)合格

○明治大学国際日本学部(センター利用) 合格

センター利用での合格は精神安定になるし、過去問対策の負担が減るしほんとおすすめ。

○明治大学経営学部2/10 合格

試験当日にまさかの38度の熱風邪を出し、ふらふらになりながら受験した。
二日後から早稲田の入試が始まるので、試験後は病院に駆け込んだ。
インフルじゃなくてよかった。

○早稲田大学文化構想学部2/12 補欠

過去問で8割5分近くとれるほど一番相性の良い学部。
しかし、英語が激難化して全く解けなくて笑った。
家で自己採点して過去最低点を更新し、不合格を確信した。

早稲田最初の発表。

政経の日の昼休みに落ちてるだろうなと思いながら電話を掛けると補欠で何とも言えない気持ちになった。
去年の補欠落ちのフラッシュバックが来た。

○早稲田大学国際教養学部2/13 不合格

国語9割世界史8割とれたのに、英語の傾向がガラリと変わって純ジャパお断り問題が出たのであっけなく死亡。
試験会場で不合格を確信した。
二浪の文字が見えてきた。
合否すら確認しなかった。

○慶應義塾大学商学部B方式2/14 合格

慶応は蹴るためにという不純な理由で受験。

日吉が遠すぎたのと鼻が詰まっていて呼吸困難だったのでてきとーに受けた。
英語と小論文は自信が無かったので落ちたかなーという感触。
慶應だからあまり期待していなかったし正直どうでもよかった。

受験終了の翌日朝10時の発表。
文化構想補欠だし無理だろうなと思いながら軽い気持ちで携帯を覗くと「合格」の文字が見えて思わず「よっしゃぁぁああ!!」と叫んだ。

やはり慶応でも嬉しかった。
浪人した一年間が報われた感が半端なかった!!

○早稲田大学文学部 2/17 合格

文化構想の英語でボコボコにされたので再度対策して臨んだ。
英語は自己採点で9割近く取ったが、国語が壊滅的で5割しか取れなかったので不合格を確信した。
国語の標準化で死んだと思っていたがまさかの合格で本当に驚いた。
早稲田初の合格は感激した。

○早稲田大学人間科学部人健康福祉学科2/18 合格

0.163点で落とされた因縁の学部。
一番入りやすい学科に変更。
感触もばっちりで合格を確信した。
受かったと知っていた。

○早稲田大学政治経済学部政治学科2/20 不合格

第一志望なので他学部と違った緊張感があった。
世界史以外まあまあ出来た印象で、ワンちゃんありという感触だった。
わんちゃんはのーちゃんと言う事を実感した。
既に早慶3つ取っていたが、第一志望だったのでちょこっとへこんだ。

○早稲田大学商学部2/21 合格

第二志望でここだけは絶対に取るつもりで臨んだが英語の感触が無く、国語に至っては意味不明過ぎてロトをしている気分だった。
試験中に俺の一年間は無駄だったと実感した。
帰りに馬場歩きしながら泣いた。

○早稲田社会科学部2/22 合格

人生最後の受験、昨日商やられたかりを返そうと気合を入れたが英語が意味不明過ぎて撃沈。
自己採点をしたら去年の方が点数取れていて不合格を確信した。
人科以外感触がなかったのでやり切った感はあったが出し切った感が無く、モヤモヤした。
帰りに予備校の友達に遭遇したが、その人は既に文化構想を確保していて、羨ましくて仕方がなかった。

3月1日、商と社学の発表日。
実学と就職も重視で慶商・人科・早文なら慶商に進学すると決めていたので、撃沈した商社学の望みが無いと思っていた以上、進学先はほぼ慶商だと思っていた。
本気で早稲田政経商社学に行きたかったが、一年間頑張った結果なら慶応でも納得できると自分に言い聞かせ、商社学に期待して傷つかないようにしていた。

発表時間になった。

電話を掛けたら4年間が憧れの早稲田になるか慶応になるかが決まると考えると心臓がバクバクして胸が痛かった。
決心して震える手で電話をかけ社学の合否を確認する。
暗証番号四ケタを打ち終わって合否の音声が流れるまでの数秒が永遠に感じた。

「・・・おめでどうございます、合格です」。

憧れの早稲田に進学が決定した。

大声で紺碧の空を歌った。

テンションが上がり過ぎて夢見心地でその後はよく覚えていない。
30分後に商学部も合格したらしい。

この日私は早稲田との運命を感じた。
人生最高の瞬間であった。

 

■勉強方法・参考書


現役の方はなるべく現役合格の体験談の方を参考にしてください。(笑)

・浪人時代は基本的に河合塾の授業とテキスト、先生の指示に従って勉強していました。
予備校で浪人する方は、あまり独学に走らず多少嫌な先生でも切らずに授業に出ることをお勧めします。
ぶっちのプロになると朝起きれなくなって生活リズムが崩れます。

・長文に音声があればダウンロードして移動時間中に聞きまくりましょう。
英語の感覚が身に付き、怠りがちなリスニングやアクセント対策にもなります。

・単語帳は単語王を使っていました。
浪人決まった人は5月までにさっさと全て覚えきりましょう。

・音読は毎日欠かさずしていました。
英語の偏差値70の壁はここにありまぁす。

・過去問は赤本で解くのではなく、東進にupされている原本をコピーしてやっていました。
こうすると本番通りに下線が引けて臨場感が出るし、書き込みや丸付けが躊躇なくできるのでお勧めです。

・早大志望の人は慶応も小論文にビビらずに受けてみるといいかもしれません。
私の様な英社型の国語弱者は救われるかもしれません。

・試験の感触は合否と必ずしも一致しません。
私みたいに感触が全くあてにならない人もいるので、次の試験にひきずらないようにしましょう。

 

■最後に


ここまで長く稚拙な文章を読んでいただきありがとうございました。
「早稲田」は就職や偏差値だけでは測ることの出来ない素晴らしい魅力のある大学だと思います。

私は早稲田を目指すことを通して自分の弱さに向き合い、人として成長し、英国社以外にも沢山の大切なことを学びました。
また、自分が早稲田の合格を勝ち取るのを支えてくれた先生方や友達、そして散々喧嘩はしましたが親にもとても感謝しています。

早稲田を目指してひたすら勉強し、苦悩した日々は一生の財産です。

そしてもし早稲田行きたかったが不完全燃焼で落ちて浪人するか迷っている人が居たら是非浪人を選んでください。
自分の弱さや無力に正面から向き合えたからこそ、私は今早稲田で本当に充実した日々を送っています。
私にも受験ドラマがあったように受験生の皆さんにも人それぞれのドラマがこれからあることでしょう。

早稲田に憧れて必死に努力する全受験生のドラマのエンディングが早大合格であることを祈っています。

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