――角野さんは現在、童話を書いていらっしゃいますが、在学中から執筆活動をなさっていましたか?
全然していません。カーソン・マッカラーズというアメリカ南部の作家について、卒論を書いたぐらいでしょうか。英文学科だったから、翻訳をしてみようかなとも思ったけれど、先生からは「君は翻訳はやめたほうがいい。自分で作品を書いたほうがいい」って言われたの。でも、まさか自分で書くようになるなんて思いもよらなかった。
――では、サークル活動は何をしていらっしゃったんですか?
混声合唱団に入っていました。高校まで合唱なんて全然やっていなかったけど……。どうして入ったかというと、当時はものがない時代で、お昼は、みんな家からお弁当を持ってきていたの。それでベンチなんかに座って食べるのだけど、それまで女子校育ちだったから、男の人が前を通ると、恥ずかしくって食べられなかったのよ。で、授業で隣の席の子に「あなた、どこでお弁当食べていらっしゃるの?」って聞いたら「部室で」って言うの。その子が混声合唱団だったのね。だから入部したんです。入学式や卒業式には駆り出されて校歌を歌っていました。
――サークル活動以外には普段、大学生活はどのように過ごされていましたか?
映画館によく行ったわね。友達といっしょに、新宿の武蔵野館という名画座に。大体3本立てなのだけれど、いつも中は満員。だから、立ち見! まるで満員電車のような混み具合で……。でも映画が一番の楽しみだったの。昔の映画は今のものに比べて、撮影技術は稚拙かもしれないし白黒だけれども、人間の深いところを丁寧に、丁寧に描いてあったと思うわ。それで映画を見たあとには、すぐに喫茶店に行って友達と喋るの。本当によく喋ったと思うわ。議論もよくしたし。映画のほかにも最近読んだ本や、生き方やプライベートについての話だとか。くだらないことは話すまい、建設的な会話にしよう、と意気込んでいたから、友達同士でよくぶつかり合いましたね。「あなたの生き方なんて、絶対否定するわ!」なんて言って、喧嘩になることもあったし。でもあとから、「ごめんね。よく考えたら私も間違っていたかもしれない。ここだけは譲れないけどね」と言えば、わだかまりも残らなかった。学生時代は何を言っても許されるものだと、私は思いますよ。最近の学生はこんな感じじゃないの? 文学について語り合ったりしないの?