特集 学生生活 学生団体 アルバイト インタビュー 海外・留学 受験生応援 リンク集
早稲田リンクスワセトショ>インタビュー 松原秀行さん
   

――ずっと作家を目指していたんですか?

作家にこだわってはいませんでしたが、普通に会社に就職するのが嫌だとは思っていました。僕は昔からジョン・レノンが好きで、彼の「俺は9時から5時の男になんてなりたくないんだ」という言葉に、僕もそうなんだよ! と、とても共感していましたしね。とはいえ大学在学当時は、書く側に拘らず文字に関わる仕事をしようと思い就職試験を受けました。でも行きたい所はどこも受からなかったんです。それでバイトを続けながら出版社に小説の持ち込みをしていました。まあ今考えれば、編集者のような忍耐の必要な仕事、僕には向いていませんでしたね。

――学生時代にはどんな活動をしていましたか?

最初は映画研究会に入ったのですがこれが変なクラブで、誰も映画なんか撮っていなかったんです。昔は撮っていたらしいのですが、僕が学生だった頃はちょうど学生闘争の時代でして。文学部のスロープにバリケードが張ってあり、授業が無いどころかそもそも校内に入れなくて、やりたいことができなかったんですよ。それで映画研究会の友達と新しく、映画を撮ったり小説を発表したりする団体を立ち上げ、冊子を15,6冊程、当時はパソコンなんか無いからガリ版でコツコツ刷って発行しました。あと当時の僕は、早稲田よりも高田馬場よりも新宿が好きだったので、新宿で過ごすことが多かったですね。

――新宿で何をしていたんですか?

 飲んでました(笑)。僕がいた頃の新宿って、文化的に色々なものがあったんですよ。アングラと呼ばれる前衛的な作品専門のところから名画座まで、映画館がたくさんありましたし、神社にテントを張って公演している唐十郎という俳優もいましたし。ジャズ喫茶に入れば長髪のお兄さんがたくさんいて、「俺は超能力があるんだぞ」なんて言われるんです。怪しいですよね。だけどそのお兄さんが披露してくれた透視がたとえはずれても、当たったフリをして褒めたりして。とにかく当時の新宿は、たくさんのものや人が混沌としていて、それがすごく良かったんです。