合格体験記 vol.33 |
■早稲田大学志望を決めた理由・時期 元々、高校のときは国公立コースにいたため、漠然と国公立に行くのだろうな、と思っていた。また、仲が良かった親戚の叔父さんが長野県で務めていたため、信州大学 を高校二年の1月ぐらいまで志望していた。 勉強はクラスのなかで中の下という感じ。しかし、数学が圧倒的にできなかったために(偏差値でいうと14ぐらい)、国公立の道は諦め、じゃあ自分はどこに行きたいのだろうと思ったときに真っ先に出てきたのが、とにかく何でもトップであり、なにより自由なイメージがあった早稲田大学だった。 この時から早稲田大学を第一志望にしようと決意。 ■〜高3の五月まで 中高一貫校に通っており、中学の時からの雰囲気でなんとなく高校に入学したため、受験で苦しんだ経験がなかった。 部活は友達に誘われたことがきっかけで、高校生活は陸上競技部で長距離走に打ち込んだ。そのため、勉強はまったくと言って良いほどしておらず、あまり優秀な生徒ではなかったと思う 。 ただ、他の勉強はしない代わりに、もともと好きだった世界史だけは何とかしておこうと思い、学校のノートを使って普段から勉強する習慣をつけていた。この積み重ねのおかげで、のちのち受験生となった時に世界史が得意科目となった。 ■〜部活を引退してから夏まで 部活を引退したと同時に、大手予備校の河合塾に入塾した。しかし、当初猛勉強してやるぞと意気込んでいた割には、果たして何から手を付けていいのか分からず、ひたすらセンター試験の英語ばかりを解き続けていた。 そんなこんなで休みの日には、一日でセンター英語を9年分も解いたりしていたのだが、最初のほうは130点ぐらいしか取れず、時間も80分ギリギリかかっていた。しかし、量をこなしていくと徐々に得点できるようになり、時間も早い時では30分で終わるようになった。 この時点での模試の判定は、文化構想学部でC判定だった。 ■受験の夏 夏休み直前になってやっと気づいたことがある。英語の長文ばかり解いていて、基礎を全くやっていなかったことだ。 それまで単語帳は使っておらず、英単語はフィーリングで乗り切ってきたのだが、急に心配になり慌てて書店へ駆け込み、単語帳を手に入れた。そして、英文法も全く分からないという事で、英文法の参考書を片っぱしから買いあさった。非常に焦っていた。 ちなみに国語はまだ手つかずの状態である。また、周りの色々な人に夏休みは勉強の計画を立てろと散々言われていたのだが、考えるのが面倒で、結局やらなかった 。 そんな状態で遂に、受験の天王山と呼ばれる夏休みが始まった。夏休みは基本的に毎日、予備校に朝の9時に行き、夕方の4時30分までには帰っていた。家では全く勉強をしなかったので、夏の1日の勉強時間は平均して6時間ほどだったと思う。とりあえず英文法の参考書を何周もしようと思い、ひたすら解き続けた。あとは世界史の問題集を解き、学校の先生にもらった現代文のプリントを読んでいた。英語は長文を1日2〜3題解くぐらいしかしていなかった。 とにかく勉強はしたくない。しかし、早稲田には行きたいという思いとの戦いだった(勉強に疲れたら、書店に漫画を立ち読みしに行ったりしていたが)。 そうしているうちに夏休みも終わりに差し掛かり、夏が勝負といわれる大学受験で、ものすごい量を勉強したという感じにはならなかった。当然のように模試の結果も落ちていった。 この時点での模試の判定は、第一志望であった政治経済学部がE判定、文化構想学部がC判定だった。 ■秋 夏が終わり、計画的に勉強を進めた周囲の友達から取り残されてしまったことに、やっと気づいた。 それから自分には何が足りないのかを真剣に考え始めた。一番初めに思い浮かんだのが、絶対的な勉強時間の不足だった。まずそれを何とかしようと考え、とりあえず学校がない休日には一日最低8時間は机の前に座っていようと思い、実践した。 それでもやはり、8時間に届かない日はあったが、秋以前に比べて格段に勉強時間は増えたと思う。 次に思い浮かんだのは、早稲田大学の世界史にも通用するような深く細かい知識であった。それを解決するために、Z会出版の『実力をつける世界史100題』を何周もして、解説をノートに写し、地図もノートに書き込んだりして、体と頭に叩き込んだ。このおかげで、下がり続けていた世界史の得点がみるみるうちに上昇していった。 ところでうちの学校は、9月に体育祭やら文化祭やらがあって、どうしても勉強できない時があったが、その日にできなかった分は違う日に回すなどして工夫してやっていた(体育祭などがある分、9月の終わりごろに1週間ほどの休みができるので、そのおかげで随分と出来なかったところを消化することができた)。 赤本を解き始めた時期は、9月が終わり、10月になった頃だった。予備校の先生は、「簡単な学校から解いていって、センター試験が終わってから、自分の第一志望の学校を解いてみるといい」と言っていたが、「自分の力を知るためにも第一志望の学校から解いたほうがいいんじゃないか」と思い、早稲田大学政治経済学部の2007年度の問題から解いてみた。待っていたのは、自分の思っていた以上に散々たる結果だった。 しかし、そのおかげで自分が今どれくらいできて、あとどれくらいやらなくてはいけないのかということが分かった。そして、模試の判定とはまた違った悔しさを感じられたので、とてもいい経験だったと思う。 ちなみに模試は一番いい判定が出たものを自分の勉強机のところに置いておく。悪い判定のものは、捨てるか、隠すかするといいと思う。 この時の模試の判定はものすごく簡単な模試で、政治経済学部がB判定、文化構想学部がA判定を取れて調子に乗っていた。しかし、その次の模試は政治経済学部がE判定に戻り、文化構想学部がD判定になった。良い判定の模試だけを信じ続けるのもダメだった。ここら辺は加減が難しい所。 ■冬 冬になり、いよいよ受験が差し迫ってきたときになって、古典単語・文法をまだやっていなかったことを思い出した。再び書店に駆け込み、古典文法のすごく簡単なものを2冊買ってきて、1日に2ページずつ進めた。単語は結局受験が終わるまで、単語帳を買ったりはしないで、予備校のテキストに書いてあった単語を1日に40分ぐらい眺めるだけで、これといった対策は何もしていなかった。 冬休みに入ると自宅学習期間になり、3年生は自由登校となっていたため、朝10時から夜の7時くらいまで予備校の自習室に籠って勉強していた。 この時にやっていた勉強は、朝、予備校についたらまず古典のテキストを眺め、それが終わったら、早稲田大学の赤本の英語と世界史を解き、答え合わせをして解説をよく読む。昼になったら、友達と一緒に1時間くらいご飯を食べつつ少し息抜き。お昼休憩から帰ってきたら、午前中に解いた赤本の国語の問題を解き、答え合わせをして解説を読む。それを1セットにして、1日に3セットやるようにしていた。量としてはかなりやっていたと思う。 1日のノルマをここまでと決めて、自分なりのルールを作ってから勉強すると、もうやめたくなった時にここまでやってないから終わらせないとか、ここまでやらないと受験に失敗するなど思い、踏みとどまることができる。自分ルールの作成は、自分的にはかなり合っていた方法なので、おすすめ。 この時点での模試の判定は、政治経済学部がD判定、文化構想学部がBかC判定ぐらいだったと思う。以前より多少は良くなっていたが、秋に調子に乗って失敗しており、反省を生かすためにも逆にもっと頑張らなくてはという気持ちが芽生えた。 ■センター試験 英語 筆記 172/200 リスニング 31/50 国語 105/150 世界史 95/100 センター利用私大 立教大学 異文化コミュニケーション学部 × 立教大学 社会学部メディア社会学科 × いよいよセンター試験の日がやってきた。 センター試験の会場は、周りが知っている友達ばかりだったので、結構和気あいあいとしていた。もともと国公立には興味がなかったために、「センター利用で立教大学くらいが取れたらいいな」ぐらいにしか思っていなかった。 当日は英語と国語と世界史しか受けなかった。大教室で受験するという独特の雰囲気でガチガチに緊張してしまい、普段は9割を下回ることのない英語で撃沈したうえ、国語に至っては、目も当てられないようなひどい点数だった。 センター試験から帰ってきた日、両親は表情から結果を察したのか、何も言ってこなかった。その心遣いが逆にプレッシャーでもあった。 ■入試直前期 センター試験がとてもひどい点数で、センター利用で取れると思っていた大学もかなり厳しかったため、落ち込むと同時に、もう早稲田大学しか行く場所はないなとも思い始めた。まさに背水の陣である。 これから早稲田大学に受かるためには過去問題を解くしかないと思い、この時から基礎の勉強をすることを一切やめ、ひたすら赤本だけを解き続けた。全学部を合わせて、少なくとも150回は解いたのではないだろうか。 すると、不思議と安心感が生まれてきた。それまでにこなしてきた問題の量が、大きな自信となったのだ。大げさかもしれないが、あとはもうどうにでもなれという気持ちで第一志望校の受験を迎える。 ■入試 待ちに待った入試が始まった。 早稲田大学最初の試験は文化構想学部だった。やはり、最初は緊張していたろいうこともあり、思っていたほどの手応えはなかった。 次は法学部。文化構想学部で失敗したと思っていたために、今回こそはという気持ちが強く、やれるだけのことはやったと思うが、まだまだ不安の方が大きかった。 次の文学部。ここだけは絶対受かってやると意気込んで臨んだら、これまでで一番の手応えを感じることができた。 第一志望は政治経済学部だったが、問題を解き終えた瞬間、直感的に落ちただろうなと思った。なぜかきっぱりと諦めがついた。 最後の社会学部は、あれだけ得意科目として信頼をおいていた世界史で撃沈したが、英語ができたのでまぁまぁといったところだった。 入試結果 上智大学 法学部国際関係法学科 ○ 立教大学 異文化コミュニケーション学部 ○ 立教大学 異文化コミュニケーション学部 ○ 早稲田大学 文化構想学部 補欠合格 早稲田大学 文学部 ○ 早稲田大学 法学部 ◎ 早稲田大学 商学部 ○ 早稲田大学 政治経済学部国際政治経済学科 × 早稲田大学 社会科学部 ○ 首都大学東京 都市教養学部法学系 × 文化構想学部が補欠だと知った時、周りの友達は受かっているやつも何人かいて、非常に焦ったが、早稲田大学に行けると信じていたら法学部に受かることができた。合格の知らせを聞いたときは、社会学部の入試が終わった後で気分的にもとても晴れやかだったので、帰り道の途中で大声を上げて喜んでしまった。それほど嬉しかった。 ■参考書 [英語] ターゲット1900 英単語は、これを繰り返しやっていれば大丈夫だと思う。しかし、単語帳は途中で変更するのは良くないので、自分が覚えやすいと思った物を使い続けるのが一番良いと思う。 英文法・語法頻出問題集1100 これは何回もやっていたが、文法にそこまで時間をかけたくないのであれば、やらないほうがいいと思う。しかし、文法をちゃんとやりたいならおすすめ。 [世界史] 実力をつける世界史100題 高3の春あたりから始めたが、世界史を得意科目にしたいなら、おすすめ。しかし、多少難しいので、ある程度実力がついてからやった方が良い。これがすらすら解けるようになったら、自分の世界史の知識に自信を持っていいと思う。また、答えを覚えるまでやり込めば世界史に関して心配することはない。 [国語] センターレベル別問題集 古典・漢文・現代文でそれぞれあるし、比較的簡単なので、おすすめ。 古典文法ステップアップノート 全く古典文法が分からないという人におすすめ。識別などが、細かく分類されているために、基礎から応用までを順序立てて覚えることができる。 あとは、基本的に赤本やセンター試験の過去問を利用していたので、使っていた参考書はこれぐらい。ただ、よくわからない参考書を使っていても、時間の無駄だし意味がない。なので、その時の自分の力にあった参考書を選ぶのがいいと思う。 ■最後に 最後まで読んでくれてありがとうございます。自分のアドバイスが少しでも皆さんの役に立ったら、幸いです。 小学校から高校2年までどうしようもないやつだった僕でも、1年間頑張れば、結果はついてくるので、早稲田大学に行きたいという気持ちを曲げずに頑張ってください。そうすれば、一年後にはとても楽しい生活が待っています。どんなに模試の結果が悪くても、諦めることなく前に進み、頑張ってください。 自分が言えることは、早稲田大学に行きたいなら、それなりの覚悟が必要だということです。今まで当たり前にしていたことを、我慢しなくてはならないのです。 確かに息を抜くことは大切だし、息を抜かないと1年間持たないと思います。我慢するということは自分にとっては結構大変なことで、イライラしたりもしました。しかし、多くのものを我慢してまで勉強する価値はあると思います。それほど合格を聞いた瞬間の喜びは、格別です。その瞬間をめざし、その先にある素晴らしい大学生活を送ることを想像し、それをやる気にして頑張ってください。 早稲田大学を狙うとかいう以前の問題で、大学受験をできるということ自体が友達・学校の先生・何よりも親のおかげであることを念頭に置いておいてください。親が自分に勉強しなさいとか言ってくるのは、期待の裏返しだと思い、逆に力にして目指してください。そうすれば絶対に結果はついてくると思います。 バックナンバーに戻る |