――――現在学生である私たちにとって、将来、働くことと家庭との両立は難しいのでは……という不安があります。安藤さんはどのようにお考えですか?
うーん。職種にもよるけれど、日本の法定労働時間は1週間40時間です。 定時退社が基本なのに労使ともにそれを無視し、自己裁量という名目でサービス残業を常態化してしまっている現状が問題でしょう。 しかし最近になって、過労死やうつ病が増えてきたり、家庭生活に支障が出てくる人が増え、企業もどうにかしていかなければという考えがやっと出てきたところです。 だから、皆さんが就職するころには今より悪くなっていることはないと思います。
今は企業によっては、男性の出産休暇といって、パートナーが出産する前後に、休暇をとれるという仕組みがあります。 同じメーカーに就職するなら、そういう体制がきちんと整っている会社の方がいい。 というか今後は、そういう制度がきちっとしてないと、いい人材は採れないし、どんどん流出していくことになると思います。 子育て期の社員が、自社にちゃんとした両立支援制度がなくて休暇を取れないんだった、力のある人ならば「あっちの会社の方がちゃんとしてるから、あっちに転職しよう」ってなるわけです。 すでに「ワークライフバランス転職」っていう言葉があるくらいで、そういう意識は当たり前になりつつあります。僕なんかも子育てを楽しむために9回転職しているしね(笑)。
企業社会はもう、昔みたいな終身雇用じゃなくなっているわけだから、これから働く君たちにも、会社の名前だけにとらわれず、いろんな部分を見てほしいと思います。 売り上げNO1というのも重要だけど、従業員満足度でもNO1を目指している企業の方がいい。 つまり、働く人が、生活も含めてハッピーでいられるような環境づくり、つまりワークライフバランスの意識がしっかりした会社が伸びると思います。 勝ち組・負け組といった物差しではなく、従業員の生活やその家族の暮らしを企業や社会が応援していくというふうになっていかないと、皆が幸せを感じられる社会にはならないんじゃないかな。
――安藤さんご自身は、仕事や家庭、またその他の活動を、どのようにバランスをとって実践されてきたのですか?
昔は、ワークライフバランスなんていう言葉はなかった。だから仕事と育児の折り合いを論理的に考えたわけではないです。 子どもが生まれたときに僕は純粋に「できるだけそばにいたい」と思ったし、育児は自分にとってチャンスなんだろうなと思った。 だからこそ主体的に関われる環境をまず作ろうと思って、自宅と職場と保育園を自転車15分圏内にしました。 当時は書店を経営する会社に所属してたんだけど、そのエリアに新店を出しちゃったんだよね。
子育てって、結局は時間のやりくりだと思います。 僕の家は共働きで、妻は通勤40分の所に勤めていたから、保育園から「子どもが熱が出た」という連絡は僕に来ていました。 そんなときは仕事を抜け出して子どもを迎えに行って、職場に連れて帰って子どもをおぶってレジに立ったりしたこともあります。 バイトの学生に「お前もオムツ替えてみろ。勉強になるぞ」なんて言ってやらせたりとかして(笑)。 それで、ママが勤務を終えて帰ってきたらバトンタッチをする。
子どもが小さいうちは、ずっとそんな風にやってきました。 子どもっていうのは、熱出したり病気になったりするのが当たり前。 子育てを全部母親に押し付けて、「自分は仕事が忙しいから……」なんて言ってるのは、それは結局「逃げ」だと思う。 「できない」「やれない」と諦めないで、いろいろ工夫しながら逃げずにやっていくことが大事なんじゃないかな。
昔、自分も意識は低かったけれど、子育てを続けていくうちに色々とわかってきた。 一番よくわかったのは、出産と授乳以外のことって全部男でもできるなぁってこと。そう思えたらラクになれた。
今は、昔みたいに金だらいで洗濯してるわけじゃないし、料理だってチンすればOKな時代。 男だって洗濯や料理は簡単にできるんです。 それを古い分業意識が邪魔をして、自活力や育児力を磨くせっかくの機会を自分で奪ってしまっているんです。
逆に完璧な育児を目指して、常にストレスを抱えている親がよくいますがそれも問題。 笑顔になれないよね。 無理に「子育てをしなきゃ」って力んで考える必要はない。 日々、できる範囲でやっていけばいい。 完璧じゃなくて最善を目指せばいいんです。
それに育児って「子育て」じゃなくて、「子育ち」なんだよね。 子どもは自分で育つ力を持っているから、それがおかしな方向にいかないようにサポートしていくのが自然な子育てだと、僕は思っています。 親は「子どものために」といろいろやっちゃうんだけど、子どもの力を信じて待ってあげることが大切だと思う。 そして「子どもの幸せのために」思うなら、まずは父親も母親も自分の人生を楽しむことが大事だと思っています。 お父さんもお母さんも一人の人間。悩みもあるけど、夢だってある。 それを家族で支え合って生きていく姿をみせることが、子どもの成長にもいいんじゃないかな。 だから仕事で忙しいお父さんも育児をして、それもひっくるめて自分の人生を肯定して笑っていることが一番ですね。
――はじめは、安藤さんも「育児しなきゃ」と力んでいたとおっしゃっていましたが、それを楽しんでできるようになったのはどうしてですか?
肩に力が入ると、いい結果が出ないというのはよく分かっていたんだけど、やはり経験もないので最初は力んでいましたね。 それはたぶんまだ子育てを「義務」だと思っていたり、「奥さんから評価されたい」とか、そういうよこしまな動機が当初はあったんだと思います。
自分もそうだったけど、今の若い父親たちって、企業と同じような成果主義を育児に持ちこんでいるんです。 たとえば家事育児を円グラフにして、今週はママのやっている分の32%をやったから評価して! みたいな言い方をしたりするんです。 それではいつまで経っても楽しくならないでしょう。
子どもが小さいころは、家事育児でやるべきことは目の前にいっぱいあるんです。 それに気づいたら黙って粛々とやればいいんです。「やったぞ」とかあえてアピールはせずにね。 それが普通にできるようになればきっと妻からは認められるでしょう。
評価してほしいという気持ちがあるということは、どこかで本来は父親のやることではなく母親のやることなんだと思っているということで、子育ての責任者としての自覚がまったくないのです。 そういう自分が、僕の中にも確かにいました。
そのことを自分の中で相対化して意識できたのが、変わったきっかけかな。 評価など気にせずに全部引き受ける、つまり子育ても自分の人生の一部なんだと思えてからは本当にラクになったし、 子どものいる暮らしがずっと楽しくなったんです。 まあずいぶん時間かかって妻には迷惑かけましたけどね(苦笑)。 そういうことに、まだ日本の多くの父親は気づいてない気がします。
――そういった人を変えていくことや、背中を押していくことが、安藤さんのされている活動なのですね。
そうですね。
僕がいつも言っているのは、「よい父親ではなく、笑ってる父親になろう」ということです。
今の日本の家族って、家庭の中でもすごく緊張関係があるような気がします。
家庭は職場じゃないんだから、父親はダメなところももっと見せてもいいんじゃない?
「パパ、仕事でしくじって、部長に叱られちゃったよ。ガハハ」って食卓で笑って言えることが大事。
そうあれば子どもだって親の顔色ばかり見なくなる。
家族って本来そういうものでしょう?
そういう楽しい家族の姿を取り戻して欲しいと思ってます。